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Interview

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「激動の時代を競争と協調で勝ち抜く!」掲載号:2010年9月号

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村田正敏 北海道新聞社 新社長

変革の大きなうねりにさらされている新聞業界。6月に道新社長に就いた村田正敏氏は、原点である「地域に貢献する新聞」の徹底を強調しつつ、勝ち抜き戦略のキーワードとして「競争と協調」をあげる。

当初は役員退任を考えていたが…

村田正敏氏が第11代目の北海道新聞社社長に内定したのは5月20日のこと。本誌7月号で報じたように、この前日から道新の経営陣の面々は激しく揺れ動 いた。続投に並々ならぬ意欲を燃やしてきた菊池育夫氏が、一転して退任の意向を固めたためだった。 そして翌日、急きょ開かれた役員懇談会を経て村田新社 長の誕生が事実上、決定した。
道新では通例、前社長が後継を指名してきた。今回のように、役員間の話し合いによる社長誕生劇は極めて異例。道新の歴史に残ると言っても過言ではない、劇的な流れだった。
6月下旬の株主総会、取締役会で正式に社長となった村田氏は1948年9月1日生。中標津町出身。立教大学法学部卒業後、道新に入社。政治部記者などを 経て本社編集局経済部長に就任。その後、東京支社長、取締役経営企画室長などを歴任し、08年から販売・広告・事業・出版担当の常務を務めていた。以下、 村田社長との一問一答。
◇    ◇
――当初は、この春で役員を退任されるお考えだったそうですが、今回、社長に就任されました。現在の心境と、社長就任の経緯を教えてください。
 村田 新聞業界全体、そして道新にとっても激動の時期に社長になったという思いを日に日に深めている ところです。社長就任のいきさつについて私の口から具体的なお話はしませんが、ある種の巡り合わせで社長になったと思っています。 社内でも言っているの ですが、企業とはゴールのない駅伝にしばしば例えられます。私は菊池前社長からたすきをたまたま受け取りましたが、自分の与えられた区間を全力で走り切 り、そして次の人にできるだけいい形でたすきをつなげていきたい。
――なぜ、ある時期まで役員退任を考えていたのですか。
村田 60歳を過ぎていましたし、この辺で自分の人生をひと区切りつけたいな、という思いが強くあり ました。ところが、状況が全く予想しなかった方向に急に激しく動き出し、私自身もそのなかで揺れ動きました。そして、今日があるわけです。そういう意味で 先ほど、ある種の巡り合わせで社長になったと。
――「社長に就くことになる」と思った瞬間はいつだったのですか。
村田 菊池前社長が退任を自ら決断され、その後、役員間で話し合って後継社長を決めたらどうかという 話になりました。そこで役員懇談会が開かれ、出席した役員全員が北海道新聞社の将来を思い、さまざまな議論を重ねました。そのなかで、私に社長をやれ、と いうことになったのです。社長に就くことを意識したのは、その瞬間です。だから、役員懇談会があった5月20日は私の人生で最も劇的な1日でしたね。  また、役員懇談会で話し合った結果、社長の異動について紙面で公表した方がいいだろうと判断し、翌日の道新朝刊に記事が出ました。掲載された記事を自宅 で見たとき、身が引き締まるのと同時に、責任の重さをあらためて感じました。

強みの1つは積み上げてきた地域面

――道新では前社長から後継指名を受けない形の社長は初めてでは。
村田 私の入社前については知りませんが、その後は前社長が後継指名をされて決まっていたケースが大半だったはずです。
――編集局長を経験されていない社長も道新では珍しいと思うのですが。
村田 昔は分かりませんが、最近では編集局長を経験したトップが多いと思います。やはり新聞社の経営 者は編集局長を経験した方がいいでしょうね。新聞社の中核部門は編集局です。そこの責任者を務めた経験は経営者になっても間違いなくプラスに働くはずです からね。ただ、同時に、これからの時代の経営トップは、いろんなセクションを経験した方がいいとも思います。
――正式に社長に就任されてから2カ月ほどたちましたが、抱負を。
村田 地域への貢献、地域のみなさんに必要とされる新聞という原点の徹底に尽きます。例えば、わが社 の強みの1つが、地方版です。朝刊で46面、夕刊で26面、あわせて72の地方面を持っていますが、これは他の新聞にはない、われわれが積み上げてきた武 器です。地域に密着し、きめ細やかな情報の提供を心がけて紙面をさらに磨き上げ、地域に貢献していきます。
また、地域貢献は紙面だけではありません。わが社でなければできない文化事業やイベントもあるでしょう。最近では「本願寺展」や「レオナール・フジタ展」がおかげさまで非常に好評でした。道民のご期待に沿うものだったと自負しております。
広告の面でも地域貢献の視点は欠かせません。道新に広告を出せば大きな手応えがあります。広告効果で地域の企業が活性化し、それがひいては地域の元気にもつながると思います。
――具体的には。
村田 例えば、5月に札幌駅前で「みなみ北海道グルメパーク」を行いましたが、これは函館支社が中心 となって道南の企業に呼びかけて初めて実施したものです。かなりのお店が出店し、函館の「ラッキーピエロ」も初めて札幌に進出して話題を呼びました。結果 的に2日間で3万6000人も足を運んでいただき、かなりのにぎわいとなりました。
出店企業にとっては、たくさん売れて良かったでしょうし、地域のピーアールという観点で言えば道南地区への応援にもなったでしょう。もちろん私たちも事 業の成功という恩恵を受けました。いわばWinーWinの関係です。こうした事業や広告が道新でもどんどん増えていますし、これからも積極的に増やしてい きたいですね。

2年後をメドに人員1300人台

――前任の菊池体制から引き継いだことはありますか。
村田 菊池前社長は非常に困難な時代において、ぜい肉を削ぎ落として筋肉質な組織にするということを、強い指導力と信念をもって取り組んでこられました。その流れのなかで、構造改革推進プロジェクトの基本スキームが作成されました。それをきちんと引き継いでいきます。
――構造改革と言えば、東京支社の人員削減が決定しましたが、かなり労組の反発が強かったと聞いています。どういう判断だったのですか。
村田 全ての分野にわたって見直すのが今回の構造改革です。もちろん多くの人材を有しているのに越し たことはありませんが、わが社の将来的な経営体力を勘案した場合、編集現場を含めて適正規模を目指さなくてはならない。東京支社は非常に重要なセクション であるということを踏まえたうえで、適正規模を目指すということです。
――将来的に道新の人員規模をどのくらいまで減らすのですか。
村田 現在、1400人台ですが、これを2012年7月以降に1300人台にするという計画です。
――紙面の部分でも函館夕刊地方面と帯広新夕刊の大幅な見直しを検討しているようですが。
村田 まだ内部で議論をしている段階です。今後、組合に提案する形で全社的に検討をし、必要であれば見直しを行います。
――構造改革の実行のメドは。
村田 すでに菊池前体制下で基本的なスキームはできあがっています。秋口までに最終的な案を作成し、組合に提案して合意をいただき、すみやかに実行していきたい。
新聞業界は大変厳しい状況にありますが、北海道新聞は必ず勝ち残っていくと確信しています。ただ、勝ち残るためには、構造改革が必要だとも考えています。
――構造改革に取り組むきっかけは2年前にまとめられたシミュレーションにあると聞きました。それによると、このままいけば2013年度に赤字に転落するというものだったそうですね。道新は圧倒的な部数を有していますが、なぜ非常に厳しい試算が出たのでしょうか。
村田 それははっきりしており、売り上げの減少です。まず部数については現在、朝刊で116万部弱。夕刊で57万部です。減少幅は他の新聞社よりも少ないし、夕刊についても厳しいなかにあって健闘をしています。ただ、残念ながら漸減傾向に歯止めがかかっていないことは事実です。
売り上げ減少のもう1つの要因が、ここ数年の広告収入の急激な落ち込みです。そこには、景気の悪化による影響だけではなく、背景には構造的な変化もあります。変化の最たるものが、デジタルメディアの急速な台頭です。
そこで今後、広告収入が大幅に回復するのは難しいという展望に立ち、予想される収入規模に見合った新たな体制を構築するため、早めに手を打っていかなければなりません。

ペーパーが核の総合情報企業へ

――デジタルメディアの台頭の話がありましたが、道新でもサイトでさまざまな事業を展開しています。デジタルと既存の新聞事業をどうリンクさせていく方針なのですか。
村田 2年ほど前の経営計画で、ペーパー(紙媒体)を核とした総合情報企業を目指すとしています。その考えは全く変わっていません。その前提をしっかり踏まえながら、同時に大きな波となっているデジタルメディアの問題に真っ正面から取り組んでいきます。
日経新聞が電子版を始めていますが、そういった電子版を重大な関心を持って見つめながら、当社もデジタルの勉強・研究を進めています。基本的な方向性としては、道新ならではの電子版を見すえる必要があるということです。
具体的にどういった電子版が必要なのか、どういったタイミングで参入すべきなのか、慎重に対処していきたい。ただ、慎重とは言いましたが、これは避けて通れないことだと思います。どこかで決断する時期が来るでしょう。
――道新グループ全体としての戦略は。
村田 テレビのUHBやラジオのエフエム北海道など、グループ企業は15社あります。異なるメディアを組み合わせるメディアミックスという言葉がありますが、グループ企業の連携を強化して各社の得意技を集結し、北海道で必要とされる情報を提供していきたい。
――最後に、再編淘汰もうわさされる新聞業界の今後についてどう見ていますか。
村田 業界全体を取り巻く状況については競争と協調に象徴されます。紙面の部分ではもちろん競争ですが、コスト削減の部分では工夫をして、互いに協力をするという視点がなければ、今後、各新聞社が生き残っていくのは難しい。
協調の例として印刷の面で言えば河北新報が朝日新聞を刷るなど、各地でそうした枠組みができています。
新聞社の経営陣の頭の中には今、競争と同時に協調という言葉がはっきりあるのです。
具体的な話は別にして、北海道新聞としても他新聞社と何ができるのか、今後、さまざまな試みをしていくことになるでしょう。

=ききて/野口 晋一=