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Interview

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「北海道が大好きだ」掲載号:2017年9月

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石塚晴久 共立メンテナンス会長

高等専門学校を飛び出し、道東で料理人を志したのが、石塚晴久氏の出発点。その後、設立した共立メンテナンスは寮事業に加え、「ドーミーイン」「ラビスタ」などのブランド名で約90棟のホテルを展開。とりわけ愛着のある道内の数が多い。

自分の足と目で開発用地を探す

――お時間を割いていただき、ありがとうございます。メディアのインタビューはあまり受けないと聞きました。

石塚 私は本当はこういうの苦手なんだよ(笑)

――今回、富良野駅そばに新ホテルを建設されるということでお願いした次第です。ところで石塚会長は若い頃、料理人として北海道にいたそうですね。

石塚 最初は知床の斜里町に2年ぐらいかな。割烹料理屋とそば屋とバーを経営していた会社で働いた。

――いくつの時ですか。

石塚 生まれは葛飾区で高等専門学校に通っていたけれど、5冠王だった。欠席のチャンピオン、遅刻、早退のチャンピオン、それに……

――ホントですか(笑)。残り2つは。

石塚 パチンコにマージャンかな。これで5冠王だ(笑)。勉強は真面目にしてなかったけれど、ある食堂でアルバイトをしていて、そこで働いていた料理人から誘いを受け、斜里に行ったんだ。高専に3年間いたから、18歳で北海道に行ったことになるね。

――共立メンテナンスの設立は1979年9月です。それまで料理人として……

石塚 斜里から流れて網走、旭川でも働いた。まさに風来坊だよ(笑)。25歳ぐらいの時、学生寮と飲食店を経営している会社に入り、そこに10年ぐらい。その後、独立しました。

――沿革をたどっていくと1989年4月、札幌で学生寮を始めたのが、道内事業の第1号です。吉田学園の吉田松雄理事長と大変親しいと聞いています。

石塚 吉田先生との付き合いは長いです。吉田先生が専門学校関係の全国団体で役員をされていて、その関係で知り合いました。東京でもよく会っているし、ゴルフも一緒にする。そんなお付き合いがきっかけで、吉田学園の寮も任せていただくようになった。ただ、89年の案件は吉田先生のところではありません。

――寮事業からスタートし、現在はホテル事業との2本柱です。93年8月に埼玉県で始めたのがドーミーインの第1号。なぜホテルに参入したのですか。

石塚 実は、埼玉の案件は、もともとは社員寮をやるつもりだった。ところがバブル崩壊で景気がいっぺんに悪くなって、大手企業も社員寮を手放すような時代になり、ホテルに変更した。振り返ると、我ながらよく決断したと思うよ。

――時勢を見てホテルに…。その後、どんどん増やしていきました。

石塚 当初、他の役員や幹部はホテル事業に慎重な姿勢だった。けれど、わかりやすく言うなら、当社は学生や若い社会人をお世話する、いわば下宿屋からスタートした。その下宿屋の愛情、お父さんやお母さんに代わってお世話をし、おもてなしをする、そういう気持ちでホテルをやればうまくいく、と確信していた。

――前の中期経営計画を前倒しで達成し、先ごろ、新たな中計「共立ジャンプアッププラン」を発表されました。それによると、ここ1、2年は開発先行期に位置づけられています。

石塚 たしかに今は開発案件が多いけれど、それは意識的にというより、自然な流れの結果。事業は着実に軌道に乗っていて、最初は心配する幹部もいたけれど、ようやく私も他の役員から認められています(笑)

――新たな中計では2022年3月期で売上高2200億円、営業利益190億円を目指しています。

石塚 年平均10%成長をあと5年続けていく。ざっくり言えば寮事業で年5%、ホテル事業で年15%の伸びを目標にしています。

――石塚会長自ら全国を飛び回り、ホテルの候補地を見て回るそうですね。

石塚 私が候補地を見つけることもあるよ。「ラビスタ釧路川」もそうでした。ぐるぐる釧路市内を歩き、幣舞橋のたもとに土地を見つけ、すぐに近所の人に持ち主を聞き、交渉を始めた。「ラビスタ函館ベイ」も、私が歩き回ってあの場所を見つけました。

知床と定山渓でリゾートホテル計画

――目利きのポイントは。

石塚 いろんな業者が来て「あそこはホテル用地にどうでしょうか」と聞いてきますが、私はこう言っています。「いい場所とは、あなたが行きたいところ、泊まりたいところだよ」ってね。ビジネスホテルならビジネスマンが行くところ、つまり役所の近くや飲み屋街の近く。あとは、メジャーなホテルがいっぱいあるエリアかな(笑)

リゾートの場合は自然との調和、関わり合いが大切だと思っている。現地に立って、頭の中に鳥瞰図を描くんです。

――自然との調和とのことですが、15年にオープンした「ラビスタ阿寒川」も石塚会長が……

石塚 あそこは、ある人から紹介を受け、現地を見て決めました。ただ、危なかった。当初は、和風旅館にしようと思っていました。でも、何度も現地に足を運び、ある時「ちょっと待てよ。この場所は和風じゃない」と立ち止まった。それでコンセプトを、今の「モダンなアイヌの長の別荘」に変えました。

――今回、富良野駅のそばに建設します。現段階の開業メドは。

石塚 今年の10月ぐらいに着工し、オープンは19年春ぐらいの予定です。

――ビジネス、リゾートを合わせ、道内にはすでに15棟が営業しています。多いですね。

石塚 数年前かな、株主総会で「なぜ北海道に多いのか」と質問が出ましたよ。もちろん、いろいろと戦略的な理由はあるけれど、ストレートに言えば私が大好きなんです。北海道が。それに若い頃、暮らしていたから土地勘もあって開発地を見つけやすい。

――道内での今後のホテル展開は。

石塚 ビジネスは道内主要都市をすでに網羅しています。リゾートはあと知床と定山渓のエリアかな。知床は用地を確保していて、この場所もウトロ(斜里町)に行った時、私が見つけた場所です。

――どうやって。

石塚 もともと別の候補地を見るため、層雲峡からタクシーを借りてウトロに行った。一泊して翌朝、タクシーの運転手に「あなたはどこに泊まったの」と聞いたところ、教えてくれたのが、今の計画地。当時、あるホテルが建っていた。オシンコシンの滝の上です。

実は、竹富町(沖縄県)の西表島でもリゾートを検討中で、竹富町と斜里町は姉妹提携しているそうです。そんな縁もあるので、北と南で地域を盛り上げるイベントができないかな、と個人的には思っています。

――定山渓については。

石塚 検討段階かな。今、言えるのは。上場企業(東証1部)ですし、私の独断専行の会社じゃないからね。

――寮事業について今後、少子化の影響は。

石塚 その影響はあるでしょうが、まだ手つかずのエリアがいっぱいある。土地の有効活用法として、寮を考えている大学もたくさんあります。

社員寮についても、福利厚生としてだけではなく、若手のコミュニケーション力を養うという視点で、企業が寮を見直す動きがある。実はここ数年、大手企業から、たくさんお話を頂戴しています。

うちは学生向けの下宿から始まった会社。これからも下宿を大事にする気持ちを忘れてはいけない、と常々、社員に言っています。

=ききて/野口晋一=