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Interview

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「マルクスで日本経済は救えるか」掲載号:2009年6月

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的場 昭弘 神奈川大学教授

「蟹工船」と並びマルクスの「資本論」がブームになっている。この歴史的名著を一般向けに解説した的場昭弘神奈川大学教授の著書がヒットしている。マルクスで日本経済は救えるか、日本を覆う閉塞感は打破できるのか、的場教授に問うた。

「社会への怒り」をとらえてヒット

――――マルクスの資本論を一般の人向けにわかりやすく解説した先生の著書「超訳『資本論』」(祥伝社新書)が11刷7万部を超えるヒットとなっています。どうしていま改めて「資本論」を世に出そうと思ったのですか。
的場 この本は昨年4月に出したのですが、ちょうどそのころフランスのリヨンに滞在していました。向 こうでこの本の原稿を書いていたときに、フランスのBNPパリバという大手銀行が投資ファンドに失敗して大きな問題になっていた。それで、迫ってくる金融 恐慌に対して「危ないぞ」という警告の意味で書いたものだったんです。
ところが、いざ本を出してみたら、リストラや派遣切りにあった労働者の人たちらに「なぜ私たちがこのような目に遭うのか」という労働問題として読まれていることがわかりました。
全共闘世代がこの本を買っていると思っている人もいるかもしれませんが、50代以上の男性は意外と買ってない。20代男性が一番買っていて、次が30か ら40代の女性。男女比では全体の4割以上は女性です。新書は普通3割5分くらいが女性読者なので、それに比べると女性の割合が多い。
今年4月に「超訳『資本論』」の第2巻と第3巻が出ましたが、1巻目ほどではないですがなかなか好調な滑り出しです。産経新聞が4回も私の本を紹介して くれました。蟹工船が売れる、マルクスの本が売れるというので「左翼の巻き返しが始まっている」という内容だったようです。ちなみに私自身はどの政党にも 属していません。
――――若者や女性にマルクスが読まれているのは、なぜだと思いますか。
的場 若い人は正社員の働き口がないので派遣労働者やフリーターになる、ローンを組めないから家も車 も買えない、と資産のジェネレーションギャップに悩んでいる。30代以上の女性にしても、20代で結婚して子供ができて会社をやめる。子供が大きくなって もう一度働こうとすると、それまで月に何十万円も給料をもらっていたのが、パート労働で時給700円とか800円になる。当然、彼らは社会に対して怒りま すよね。本が売れたのはこういうことが反映されているんだと思います。  逆に、50代以上の男性に読まれない理由として「マルクスなんて知っているから」というのはあります。でも、それだけじゃなくて、かつては全共闘で闘っ ていたけれど、いまや資産をたくさん持つようになって、この世界が永遠に続くことを期待しているからだと思います。

マルクスは資本の論理への対抗手段

学生紛争はベトナム戦争反対、成田空港反対、横須賀基地反対、いろいろありますが、基本的には大学における居場所探しだったのです。あのころは景気がよ かった。それに引き換え、いまの若者たちは景気が悪い中、自分を支えてくれるものを探そうとしてもなかなか見つからない。ある意味、不幸です。
このまま財政赤字が続くと、巨額の借金が若い人にのしかかってくる。それなのに、国は持てる層に対する手厚い保護ばかりしている。不公平感を感じ、何か壊したいと思う。でも手立てがない。それで「この社会の構造を知りたい」と、マルクスに行き着くわけです。
10年前にアエラムックから「マルクスがわかる」を編著で出して、マルクスブームが起きた。本が出た99年は日本が戦後初めてマイナス成長に転じ、平成不況といわれた年。リストラなども増え、不満を持った層が結構いました。
2000年に入って、不況を乗り切るために企業が正社員のクビを切ったことで、若い人の意識が変わってきた。04年に「マルクスだったらこう考える」(光文社新書)という本を出したときは、はっきりと若い層が買い始めていました。
いまの学生と10年前の学生はどこが違うかというと、10年前は自分は勝ち組になると思っていて「自由競争・能力主義がいい」と言っていた。
いまの学生は、就職が厳しいため、自分の能力の限界というものを自覚せざるを得ない。いまの若者たちは「競争社会であくせく働くより、そこそこでいいから安定した生活がいい」と思い始めています。
――――マルクスを研究するようになったきっかけは。
的場 私が初めてマルクスに関する書物に出会ったのは1967年。ベトナム戦争のまっただ中で、学生紛争が激しくなるころ。 そして「資本論」が出版されて100年目という記念の年でした。当時私は中学3年生で、単なるファッションとして小牧治さんの「マルクス」という本を手に しただけでしたが、男女の出会いのようなものでドーンと来た。それからのめり込んでいって、今日に至るまでマルクス研究一筋で来たわけです。いま57歳な ので、40年以上です。
私の研究の前半は、直接的にマルクスを研究するというよりも、マルクスという人間を調べることに多く費やされた。ヨーロッパに出かけては、マルクスが生 まれた町の様子や資本論を書くに至った背景を調べていました。そのうち「マルクス経済学はもういらない」という流れになって、私の研究も変わらざるを得な くなってきた。ベルリンの壁崩壊以降、マルクス研究家がどんどんいなくなりました。
――――「マルクスはもう古い」と思っている人も多いようですが、いまマルクスの考え方を学ぶことにどんな意味があるのですか。

的場 資本主義社会のもつ「資本の論理」で進んできた発想を変えることができる。そういう意味で、19世紀に生きたマルクスの考え方を、21世紀の現代社会においてもう一度学ぶことは重要だと思います。
マルクス経済学というのは、ごく簡単にいうと「資本は他人の労働を奪うことで利潤を生む。他人の労働力の一部を所有するしか豊かになる方法はない」とい うのが基本的な部分です。例えば、労働者が8時間働いたうちの4時間分は賃金にし、残り4時間分の利潤を資本家がピンハネする。当然、資本家がもうけるた めには賃金を安くした方がいいわけです。  労働者は労働組合をつくってこれに対抗する。ところが、この20年間、労働組合や抵抗運動の衰退が、リストラや派遣切りなどに代表される労働力の使い捨 てという悲惨な結果をつくってしまった。
資本の側は「労働組合はストライキを起こし、会社を停滞させている」と組合つぶしをします。でも、組合がなくなったところではどれだけ賃金が下がり、社 会的なセキュリティーが守られなくなったかをわれわれは目の当たりにしている。抵抗勢力がないと、資本はなんだってやってしまう。抵抗勢力は常にないとい けないんです。
そういう意味で、マルクスを学ぶことは私たちが突っ走ってきた「資本の論理」に抵抗する手段になり得る。労働者の権利を守るという意味で、マルクス経済学を学ぶことは意味があると思います。
マルクス、社会主義、ソビエト、中国、北朝鮮、というのが対句みたいになっていて、マルクスはどの時代でも嫌われ者なんです。資本主義にとってもっとも 怖いのが共産主義。ソビエトが崩壊して、土に埋めたはずの共産主義が亡霊のように歩き回っているので、不安にかられるわけです。
この“恐れられるように存在している”というのは重要で、資本主義が襟を正すためにもいいことだと思います。

「資本主義=民主主義」は間違い

――――マルクスの考え方を活用することで日本経済を救うことはできるでしょうか。できるとしたら、どうすべきですか。
的場 私は1989年のベルリンの壁崩壊から始まる資本主義の勝利は「つくられた神話」だと思っています。つまり、すぐれた資本主義が社会主義、後進諸国を解放していくというものでした。「資本主義=民主主義」と考えられていました。
でも、この資本主義と民主主義はまったく違うものです。資本主義は18世紀に始まりましたが、あるときは貴族制と手を携える。それが限界に来ると別のも のとくっつく。その時代、その時代で変化しながら巧みに世を渡っていくんです。一貫しているのは「資本が利潤を上げるためにはどんなこともやる、もうかり さえすればいい」ということです。
90年代以降に始まるグローバリゼーションによって、アジア、アフリカなどの後進諸国の数十億人という労働者がわれわれよりはるかに安い賃金で、われわ れと同じ商品をつくるようになった。それによってコストを下げ、膨大な利益を得ました。その利益が、世界中の一部の資本家のところに巨万の富となって流れ 込んだのです。
その結果、先進国では仕事が減って労働者の賃金は相対的に下がり、労働者はものを買うことができなくなった。膨大な所得がある上流層と下流層に2極化して、中間層がどんどん下に引っ張られ、ニューヨークや東京の中に“世界の最貧民国”が生まれるようになりました。

資本論のポイントは“意識改革”

最近、フランスでは「ピクニック」と呼ばれる運動がはやっています。市民が10人くらいでスーパーやデパートに行って、テーブルを広げて、そこらへんのものを勝手に取って食べるんです。
当然、店の人が「なにやってんだ」って来ますよね。「食べているんだ」と答える。「なんで食べるんだ」と聞かれると「おれたちは生きる権利があるん だ」。警察に連れて行かれるけど、弁護士がついているし、テレビカメラを連れて行くから手荒なことはできない。一種のパフォーマンスなんです。
でも、彼らの言い分は正しい。生存権がある以上、生きる権利は保証されている。ホームレスが飢えて死にそうなのに、そのへんにあるものを食べるのがなぜ許されないのかということです。
本来、資産家はみんな寄付すべきですね。最後には自分の資産を独り占めしないでみんなに分ける。それが金持ちのせめてもの償いでしょうね。でも今いるのは、ケチな資本家だけ。彼らには寛容の精神もない。
中世までの生活はある意味、豊かだった。生産力は低かったけれど、あくせく働かず、みんなそれなりに幸せだった。
いまは小さい頃から競争社会にさらされて、弱肉強食をすり込まれている。イデオロギー教育のところから変えていかないといけないと思います。
マルクスは資本主義のことを「地獄から呼び出した悪魔」だと言いました。資本家は最初、自分で悪魔を呼び出し、いまは悪魔の下僕となって振り回されてい る。1度呼び出した悪魔は、もう元には戻らないんです。資本はどんどん太っていく。われわれの心の中に「利己心」がある限り、止めようがない。労働者も自 分より所得の高い人をうらやむことをやめない限り、資本の側に回れば資本家と同じことをする可能性がある。
資本論の最大の教訓は「他人の労働を搾取して、いい生活をしたい」などという欲望を捨てない限り、本当の豊かさなど得られないということです。マルクスたちはこの“意識改革”をやろうとしたんです。
労働者が権利を守るには、資本に暴走させないようにすることが必要。それなりの賃金を要求し、なるべく労賃をピンハネされないようにするしかありません。そのことが結果的に、社会の消費を促し、社会の不満を減少させ、豊かな生活をつくることにつながると思います。

=ききて/安藤由紀=