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サスティナビリティ(147)
2020年~2024年 「世界規模の環境被害の5年間」(17)
更新日:2012年08月01日

    

 関東地方も梅雨が明け、一気に猛暑が到来している。先週東京に出張したが、数年前までこんなところに住んでいたのかと、あきれるほど日中の暑さと熱帯夜には閉口した。出張の期間たまたま「地球温暖化から考えるエネルギーの選択」というセミナーが開催されており、聴講する機会を得た。
 2030年に向け、政府は国民的議論をベースに「エネルギー基本計画」を8月中に策定しようとしている。自分自身の考え方もまとめなければならないとの思いもあり、参加することとした。全体で3時間半のセミナーだった。

 「エネルギー・環境会議」は、2030年の原子力発電に関し3つのシナリオを国民に提示し、「みんなで考え、みんなで選ぼう、日本のエネルギー」と呼びかけている。すでにご承知のように、3つの選択肢は第1が「ゼロシナリオ」:2030年までのなるべく早い時期に原発をゼロにする。第2が「15シナリオ」:原発依存度を着実に低減し、2030年の原発比率を15%程度にする。第3が「20~25シナリオ」:原発依存度を緩やかに低減しながら一定程度維持し、2030年の原発比率を20~25%程度とする。
 各地でそれぞれのシナリオを支持する人が数名ずつが選ばれ意見を出している。当初は電力会社の社員が個人の意見として第3のシナリオを支持する発言をし、非難を浴びていたのをご記憶の方も多いだろう。

 さて、原発比率については、原発そのものの危険性と共に、化石燃料に過度に依存したときの地球温暖化や産業競争力への影響、電力コストはどれだけ高くなるのかなど様々な観点から検討されなければならない。今回のセミナーの順序に沿って、地球温暖化の進展状況、地球温暖化を軽減するための世界の取り組み、各シナリオ別の利点と問題点について客観的にセミナー内容をまとめてみたい。本ブログのタイトルは2025年で現在2020~2024年について連載中であるが、エネルギー問題は大きく関連するためである。
 最初の基調講演は国立環境研究所の江守正多氏(気候変動リスク評価研究所長)。「地球温暖化は二酸化炭素の排出によるものではないとする懐疑派の意見があるが、太陽活動が弱まっているにもかかわらず地球の気温は引き続き上昇しており、また通常は低温の原因となるラニーニャ現象がこの2年間現れている中、観測史上最高の気温となっている。地球温暖化は決して止まっていない」と大幅な温暖化ガス排出削減が必要であると力説した。
 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第3次評価報告書によると、2020年までに温暖化ガス排出量減少が開始され、今世紀後半に現在の1割程度に減少させたとしても、気温上昇は続き、海水の熱膨張と陸氷融解による海面上昇はその勢いを止めることはない。江守氏は「温暖化を止めるためにはいずれ大幅な排出削減が必要であるが、そのメドは立っていないのが現状だ。将来世代への悪影響が懸念される」と警告を発している。

 一方、基調講演IIで名古屋大学の高村ゆかり教授が、COP(気候変動枠組条約締結国会議)の役割とその重要性について講演したが、私にはあまりにも楽観的過ぎるのではないかと感じられた。
 高村氏は直面する課題として「世界全体の排出量を50%規模で大幅に削減できなければ大気中濃度の安定化、すなわち温暖化の抑制はできない」とし、そのためには目標設定とそれを実現する国際制度の合意が必要であると述べていた。どうも、COPの役割に大きな期待を寄せており、先進国・新興国一体となった取り組みによって地球温暖化は防げると考えているようだ。
 高村教授が期待しているのが“450ppmシナリオ”で、これは2008年段階で全世界の排出量295億トンを2030年に264億トンに引き下げようとするもので、このためには先進国の排出量を2020年に2007年比で17%、2030年には41%減らさなければならない。現在も排出量が年々大幅に増加している中で極めて実現性の低いシナリオではないだろうか。高村教授は、昨年11月南アフリカ・ダーバンで開催されたCOP17を高く評価しており、世界各国が一体となってCO2削減に取り組むことが合意されたと強調していた。
 しかし、ダーバン合意では京都議定書から日本、カナダ、ロシアの三国が脱退した。それ以前から米国、中国は参加していないので排出量削減義務は一部欧州各国を除きほとんどの国に課せられていない。ダーバン合意では、2020年から全ての国が参加したCO2削減の取り組みが開始され、2012年からその具体策が協議されると謳っているが、誰がこの計画の実現を信じているだろうか。2020年までの残り8年間ほどの期間、下手をすれば何の対策のないまま無為に過ごすことになるのではないだろうか。新興国は経済競争力を高め、維持するために石炭火力発電をさらに拡大するだろうし、米国もシェールガス・シェールオイルの産出によりオバマ大統領のグリーンニューディール計画は頓挫している。カナダ、ロシアは天然ガスとオイルサンド開発で環境を破壊し続けている。
 もちろん、全世界規模での協調的排出量削減が実効されないならば、今後予想される大規模な気候変動を抑えることは難しい。ただ、あまりにも世界各国の努力に対し楽観的に期待するのはいかがなものだろうか。むしろ、海面上昇、干ばつ、豪雨などの自然災害が発生することを前提に、その予防措置を考えた方が良さそうな気さえする。

 環境経済・政策学会会長である、京都大学の植田和弘教授は「エネルギー政策の選択肢」について短時間ではあったが丁寧に説明された。冒頭紹介したように、政府国家戦略室は「ゼロシナリオ」、「15シナリオ」、「20~25シナリオ」を提示し、本年7月から8月にかけて全国で実施される国民的議論を経たうえ、できるだけ早い時期に我が国の「エネルギー基本計画」を策定しようとしている。植田教授はそのプロジェクトに深く関わっている方だ。
 私が特に共鳴したのは、「危機を機会に」という部分だ。福島原発の地震・津波被害で日本は一挙に電力不足となっている。猛暑の中、計画停電にならないよう多くの国民が節電で苦労を強いられ、企業は稼働率を落とさざるを得ず、原発の代替となる火力発電の燃料輸入で貿易収支も赤字に見舞われ、2020年に25%を目指した日本のCO2削減も風前の灯火となっている。
 まさに日本はかつてない電力危機に見舞われている。今回政府戦略室が提示した3つのシナリオは、原子力、火力発電、再生可能エネルギーのそれぞれの発電単価、家庭の1ヶ月の電気代、必要とされる省エネ投資、温室効果ガスの比率を基礎データとして、国民に選択を委ねている。
 植田教授も指摘したように、ここで欠落しているのは2030年及びその後の産業構造をどのように創り上げていくのかという視点ではないだろうか。その場合の判断基準としてはまず、核燃料サイクルや使用済み核燃料処理が10数年かかっても完成していない現状を充分に理解した上で、安全・安心を基本的前提として考えること。第2は、化石燃料輸入依存度を大幅に引き下げ貿易赤字最大の要因を取り除くこと。第3に、CO2削減を計画通り推進し世界の範となる環境に優しい国になること。さらに、省エネ、再エネを産業として大胆に推進すること。これらの要件はそれぞれ相反している部分もあり、実現するのは極めて難しいとの意見もあろうが、日本にはこれらを達成するだけの国力と技術的能力が充分にあると信じている。
 第1の脱原発だが、即時廃炉の世論が高まり、各地でデモが繰り広げられている。しかし、産業変換や国力維持には一定の時間がかかると理解してもいいのではないだろうか。「40年廃炉論」でいくと、2030年時点での原発依存度は12%となる。しかし活断層の調査等の徹底した安全基準に照らした場合、稼動40年以内でも廃炉にせざるを得ない原発が存在している可能性は高い。2030年にはこの基準でいくと、原発依存度をゼロパーセントにできるのではないだろうか。
 第2について、現在日本が輸入している天然ガスの価格は異常に高くなっている(高く買わされている)。シェールガス革命で世界の石油・天然ガス価格は大幅に低下しており、少なくとも輸入・処理価格は、30~40%は下がるのではないだろうか。また、シェールガスを始めとして新たな掘削技術は大幅に進化しており、日本国内及び近海での採掘も2030年までには部分的に可能になると思われる。天然ガスも化石燃料でCO2を排出するが、日本の技術で大幅に排出量を削減することは可能であり、この部分に国・民間を問わず投資できる環境を整備すべきだろう。
 そして、最も推進すべきは再エネ(再生可能エネルギー)の大幅な拡大である。大型風力発電の場合、その部品は1万点を超える。さらに送電線網の構築、蓄電装置の開発で、再エネは一大産業になる可能性が大である。過疎地域の復興と関連産業の振興で国内数百万人の新たな雇用が生み出されるだろう。風力に限らず間伐材利用によるバイオマス発電、広大な土地を活用したメガソーラー、地熱発電など北海道には膨大な再エネ資源が眠っている。
 早急に取り組むべきは、これら資産から生み出された電力を道内全域はもとより全国に届ける配送電網設備の強化だろう。
 今回のセミナーに参加し、あらためて北海道の可能性を強く再認識した。