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サスティナビリティ(105)
上海(2)
更新日:2010年11月20日

    

 10月25日に上海万博の入場者総数が目標の7千万人を超えたと報じられた。会期を6日余しての目標達成である。1979年の大阪万博が6千4百万人であった。中国人の誇りは頂点に達しているだろう。
 10月15日、上海万博を訪れた。上海市を流れる黄浦江の西側(浦西エリア)と東側(浦東エリア)にまたがる広大な敷地に会場はあり、246のパビリオンがその威容を競っていた。入場門を通過したときは混雑もなくスムーズに入れたので、時間内(午前10時半から午後4時)にいくつかのパビリオンを見学できるかと期待していたが、とんでもないことがすぐに分かった。日本館にいくと想像を絶する行列で、電光掲示板には4時間半待ちという無慈悲な表示が出ており見学を断念。石油館も人気パビリオンで、8時間待ちで同様に断念。ほとんど並んでいない北朝鮮館には入ることはできたものの、中身は“何もなし”。
 事前に予約を取っているということで並んだ中国館も、パビリオンに入ることができたのは3時間後であった。これほど長く待ったのは、大嵐のため航空機が到着せずボストン空港で6時間ほど過ごした5年前以来。ただ、このときは空港内でソファーに座ることができた。立ちっぱなしでこれだけ長く待ったのは初めてだと思う。
 待っている間何もすることがないので、同様に長い列に並んでいる周りの人たちをチラチラと観察した。その多くが地方からきた中国の人たちなのだろう。長い列に並んでいる人たちはその着ているものからして富裕層ではないと思われた。ほとんど前に進まない列にもかかわらず疲れた様子ではない。全員といっていいほど晴れやかな顔をしており、お国の大行事に誇らしげな様子さえ感じられた。今から40年前、大阪万博で並んだときに見た日本人の好奇心と晴れやかさに満ちた顔つきが思い出された。「あの時の日本人(自分を含め)の元気はどこにいったのだろうか」などという思いも浮かんできた。その中国の人たちであるが、列を乱したり横入りすることもなく整然としていたのは事前の注意事項とは違っていた。彼らの顔に刻まれている深い皺には苦労が染みこんでおり、眼光は鋭く、やる気満々の雰囲気が漂っていた。まるで三国志の挿絵で見る英傑や、兵馬俑から出土された戦士を思わせる風体で、草食系の日本人ではまともに戦えないとさえ思わせる面魂であった。長年苦労を重ねながら中国経済を支えた人たちなのだろう。今、世界の列強に名を連ねるまで国力は急成長し、オリンピックも万博も開催された。その誇りと未来への可能性がかれらの顔に輝きをもたらしているのだろう。数十年前の日本の姿がそこにあった。
 さて、中国パビリオンで何が一番印象的だったかというと、逆三角形で赤く塗られた建物そのものだろう。残念ながら展示物やプレゼンテーションなどのコンテンツには興味をそそるものは無かった。やたらと子供の絵が続いており、作者の両親や祖父母ならともかく海外からきた人間にとって一枚一枚鑑賞するほどの芸術品とは思えなかった。
 中国は環境に力を入れており、中国館の中でほぼワンフロアを充て、電光文字でその努力を高らかに謳っていた。会場には風車や太陽光発電設備、さらには環境保全の取り組みが展示されていたが、今ひとつアピール力が不足している感をぬぐえない。もっと、世界最大の発電量(09年累計で2千6百万キロワット:日本の13倍)を誇る風力発電、世界2位の太陽光パネル製造を訴えても良かったのではないだろうか。
 時間に追われて万博会場を出る時あたりはすでに暗くなっており、パビリオンはイルミネーションとライトアップで照らし出されていた。まるでラスベガスかディズニーランドのごとき輝きである。この膨大な電力が石炭火力発電ではなく再生可能エネルギーに変わっていくのを願いながら会場を離れた。
 この日(10月15日)の総入場者数は52万人と発表されていた。翌日は万博史上最高の103万人が押しかけたとのことである。その日の石油館の待ち時間がなんと12時間。5時間以上待たなければならないパビリオンが続出したそうだ。3時間待ちで中国館に入れたことは良しとすることにしよう。いずれにしても目標(7千万人)を貫徹する中国のすごさを身にしみて感じた。