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Interview

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若手経営者よ、企業としてオフィシャルになれ掲載号:2011年1月号

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大谷喜一 アインファーマシーズ社長

いまや北海道を代表する企業の1つとなった調剤薬局最大手の「アインファーマシーズ」(本社・札幌市)。2010年4月には東京証券取引所市場第1部に上場。大谷喜一社長に、次代を担う若手経営者への期待を聞いた。

年間1億円超の医科系大学寄付講座

――2010年は東証1部上場を果たしました。
大谷 4月2日です。その1年前の4月2日に東証2部へ上場しているんですが、そのとき念頭にあったのは最短の1年で1部へいくことでした。
――予定通り。
大谷 普通は1年でいきます。いけないにはいけない理由があって、多くは業績の問題。でも2部上場を果たす業績があるのだから、それを継続すればいい。結構な数の企業が1年で1部に上がっています。
――5月には札幌証券取引所にも重複上場しました。
大谷 これまで北海道を基盤に事業を展開してきましたが、IR活動はどうしても東京が中心でした。札証に上場することで地元投資家との関係を深め、2割に満たなかった道内の株主比率を高めたいという思いがありました。
――10年は札証上場のほか、札幌商工会議所の議員にも選任されました。何か意識の変化でもあったのですか。
大谷 そんなものはありません(笑)。札商には以前から加盟はしていましたが、特別な活動はしていなかった。またその余裕もありませんでした。今回、高向巖会頭から直接お電話をいただき、議員を引き受けることとなりました。
――会議所活動は、まさに地域貢献です。
大谷 事業をやっている者として貢献の第一義は税金を払うこと、次に雇用だと思っています。これがで きて初めて別の貢献を考える。われわれの事業の収入は税金や健康保険料が原資です。そうした意味から、北海道大学、札幌医科大学、旭川医科大学の道内3医 科系大学に当社の寄付講座があります。東京大学にもあります。
それら寄付の額を合計すると、年間1億円以上になります。そういったお金をかけたとしても、そこでドクターも勉強してもらえるし、いろんな研究成果をあげてもらえる。こうした貢献がわれわれの役割だろうと思っています。
――10月にはアメリカにIRに行かれたそうで。
大谷 初めて海外にIRに行きました。当社もいまや25%が外国人株主。主幹事証券が海外からのリクエストもたくさんあるので是非やりましょうと。1週間滞在し、ニューヨークとシカゴで計10カ所、IRを行なってきました。
――株式の流動性が増しているということですね。
大谷 投資家には流動性がないとなかなか評価してもらえません。ある一定の規模の株式が世の中に出 回っていないと、買ったけど売れないということになってしまう。そういう意味でいうと、当社株式の流動性もだいぶん上がり、機関投資家も買いやすくなって きた。東証1部へいき、9月には日本格付研究所から「トリプルBプラス」の格付も付与されました。海外でIRをするにはタイミングがよかった。そのせいか どうかわかりませんが、帰国後、当社の株価は500円くらい上がりました。
ただ残念だったのは、彼らが日本の株式に対する興味を失っていること。このことは向こうでいろんな人に言われました。
――海外IRは今後も。
大谷 当社はすでにオーナーカンパニーではありません。実際、私の持ち株比率は11%程度。多くの人 に株を持っていただいているわけで、企業価値をしっかり高めていくということが、まさに私のミッションの1つ。日々会社をよくしていく努力を重ね、よく なった会社のことを、きちんと投資家に説明するのも私の仕事です。だから年に1回は海外IRもやることになるでしょう。少なくとも次はロンドンには行かな ければならないと思っています。海外IRは道内企業も結構やっています。
――先般、10月中間連結決算が出ましたが、業績は順調のようですね。
大谷 売上高は前年同期比3・5%増の618億円。もう少し伸びたいなという気持ちはあるけれども、利益水準は高くなってきています。経常利益は前年同期比25・6%増の34億7000万円、純利益16億円です。通期の11年4月決算でも増収増益を見込んでいます。

――11年4月期の予想は。
大谷 連結の売上高は1320億円の計画です。
――14年4月期に売上高2000億円突破を掲げていますね。
大谷 「Transcend(トランセンド)2000」という名の中期経営計画を立てています。14 年4月期に売上高2006億円、経常利益135億円が数値目標です。トランセンドとは「領域を超える」「超越する」というような意味で、「売上高2000 億円を超える」というほかに、「現状に満足せず、新たな挑戦を続けていく」という意味も込められています。具体的には毎期調剤薬局50店、ドラッグストア 10店を出していきます。
――年間60店舗ですか。
大谷 当社の調剤薬局1店の年間平均売り上げは2億8000万円。年間50店舗やって、売り上げを1 店2億円で見積もってもフルで寄与すれば100億円増加します。それを4年間で200店、400億円。1店2億8000万円ならば560億円。そんなに ハードルが高いわけではない。
さらにドラッグストアの目標は350億円です。この3年で財務体質が強化され、ネットでは無借金。完全にいけるという状況になっています。

拓銀破綻をエネルギーに変えた

――起業は1980年でしたね。
大谷 80年だからわかりやすい(笑)。丸30年です。小さな薬局を始めて、翌年に臨床検査事業をスタートさせました。
――思えば、過酷な状況もありました。
大谷 自分でまいた種だから仕方ないんですが、苦しかったというと、やはり北海道拓殖銀行の破綻前後ですね。あのころは“株式公開病”にかかり、売り上げ拡大の焦りから異業種に参入、ことごとく失敗して立て直しをやっている最中でした。そこでメーンバンクが破綻。
ただあのとき、私はそんなに悲観的ではなかったんです。今後、進むべく方向性がしっかり定まっていて、社員にもそれを明確に打ち出していました。資金面の準備もできていた。逆に、拓銀破綻をエネルギーにしようという思いのほうが強かった。
――まさにリーダーの資質が問われるところです。
大谷 でも、そのポイントだけが問われるわけではありません。いままで何をやってきたのかというプロ セスも同時に問われている。だらしのない経営をやってきて、急に真面目になって「頑張るぞ」と言ったって誰もついてきません。普段からどれだけ社員ときち んとしたコミュニケーションがとれていたのか。失敗は失敗としっかり認めて、社員に謝罪する。その上で、自分はこう思う、こうやりたい、一緒にやってほし いと、きちんと伝えなければいけない。そこが明確に言えるかどうか。<RUBY CHAR="曖昧","あいまい">ではダメです。
――謝れない人が多いのではないでしょうか。
大谷 他人のことはわかりませんが、私は社員の前で謝りました。失敗の原因は何だったのか。はっきりしています。人のせいでも何でもなくて、自分のせいです。自分の驕(おご)りのせいです。謙虚さが足りなかった。
――拓銀破綻をチャンスととらえ、事業の集中とリストラを一気に進めた決断もリーダーの資質なのでは。
大谷 当時の本業は臨床検査でしたが、事業の柱を調剤薬局とドラッグストアの2本に絞りました。みなさん、これを「決断」と思いますよね。でも、よく考えてみると80年に起業したときの思いこそが「決断」だったのだと思います。

それは、この会社を「オフィシャルにしよう」「上場しよう」ということでした。オフィシャルにするというのは、大谷家のものではなく、社会のものにするんだということです。
私自身、身内を後継にするようなことはしないと最初から明確に言っていました。創業当時に入った人間はいまも役員として残っていますが、そのことが企業経営の信頼になっているのだと思います。
これこそが決断で、すべてのベースです。そして、いまもやり続けている。オフィシャルだから増資も資金調達もできる、財務体質が強化される。でも、会社が自分のものだと思えばなかなか増資もしにくいでしょう。持ち株の比率が下がるんですから。

どうして挑戦しないのかわからない

――大谷さんは28歳のときに起業、43歳のときに当時の日本証券業協会、現在のJASDAQ市場に株式を店頭公開を果たしています。今の道内の若手経営者は、大谷さんの目にはどう映りますか。
大谷 恵まれていると思います。私が起業したころは銀行の金利が6%から7%の間。資本金は50万円でした。保証人は母親、結婚してからは家内。ベンチャーキャピタルなんて本当にしばらくたってからの登場です。いまとは状況がまったく違います。
――公的支援などまったくない中でスタートしているわけですからね。
大谷 いまは起業に対して、ものすごいサポート体制ができています。どうして挑戦しないのかわからな い。ただ、ちょっとうまくいくと調子に乗って、おかしなことをやってしまう。それは志が低いということですよ。自分の会社をよくしたい、もっと大きくした い、もっと素晴らしい会社にしたいという強い意志がないから、プライベート・カンパニーで満足してしまう。やはりオフィシャルにしようという気概が弱いの でしょう。おかしな方向へ行ってしまう。それはすごく残念です。
――いまの若手経営者は志をもっと高く持てと。
大谷 どうしてそうなってしまうのかわからないけど、途中でみんな折れてしまうというか、突破力がないというのか。
じゃあ、あんたの世代にそんなやつが何人いるんだと言われると困るんだけれども、でも私が商売を始めたころには、突破力のある先輩経営者は結構いました。
当時の若手経営者といえば、土屋ホームの土屋公三さん、玄米酵素の岩崎輝明さん、ニトリの似鳥昭雄さん、進学会の平井睦雄さん、カウボーイの中野晃さん など、目標にすべき素晴らしい先輩たちがいた。いまは30代経営者が目標にする40代経営者が少ないということもあるのかもしれない。
でも、単に私が知らないだけかもしれませんね。若い経営者に会う機会が少なくなっているので。実は元気な若手は結構いるのかもしれません。時代は変わってもチャンスはいくらでもあるわけで、それに果敢にチャレンジしてほしい。
――若手が何か聞きにくれば教えると。
大谷 教えるなんて生意気なことはいえないけれども、相談には乗ります。もちろん、真面目にやっている経営者に限りますよ。

=ききて/鈴木正紀=