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Interview

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北海道・北東北縄文遺跡群は世界遺産登録でなぜ2回も予選落ちしたのか掲載号:2014年9月

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大島 直行 北海道考古学会会長

 ユネスコの世界文化遺産登録を目指す「北海道・北東北の縄文遺跡群」が、2年連続で国内予選落ちした。致命的欠陥は、〝縄文遺跡は東日本全域にあるのに、なぜこの地域に限定するのか〟という疑問に答えられていないことだ。

日本の考古学はガラパゴスだ

――7月10日に開かれた文化庁の文化審議会特別委員会で、2016年のユネスコ世界文化遺産登録を目指す「北海道・北東北の縄文遺跡群」が推薦見送りになりました。
北海道、青森、秋田、岩手の4道県による知事サミットで堀達也知事が02年8月「北の縄文文化回廊づくり構想」を提唱。07年8月の同知事サミットで、4道県一体となり世界文化遺産登録に向けて取り組みを進めることで合意してから、今年で7年たちます。ところが、去年に引き続きユネスコへの推薦を得ることはできませんでした。いってみれば、2年連続の国内予選落ちです。
大島さんは登録を目指す北海道・北東北の18遺跡の1つである北黄金貝塚を所管する伊達市噴火湾文化研究所の所長であり、北海道考古学会会長を務めています。1月には「月と蛇と縄文人」という画期的な著書を上梓しています。
そこでお尋ねします。なぜ、こんな結果になったのでしょうか。

大島 私の著書に対する書評(北海道新聞7月20日付)の中で、学習院大学教授の赤坂憲雄さんが考古学の現状について「100年の歳月を費やして、土器の型式や編年に精力を傾けてきた日本の考古学には、抜きがたくガラパゴスの匂いがする。そこでは、縄文人の世界観とは何か、といった問いそのものが忌避されている」と指摘しています。
それと同じことを中沢新一さん(哲学・人類学・宗教学者)が言っています。
「日本の中では考古学が、茶道や華道のような家元制度の芸とよく似た発展をしているなと思いますね。ひとつひとつの所作にものすごく重大な意味をもたせて分類されていくんだけど、それは閉じられた世界の中だけで意味を持つことで。だけど、お茶にしてもお花にしても、そもそも日本列島の中だけで閉じたものではないわけですよね。考古学ではピークに達している。その方向でいくらやったって、もう何も出てこないとわかっていても、まだそれを続けている。それを踏み破ろうとして、南方に目を向けたり、大陸に目を向けたり、抽象的次元に目を向けたりすると、そういうのは考古学じゃないと言われるから、学者も自己規制してしまう」(坂本龍一・中沢新一「縄文聖地巡礼」木楽舎刊)
まさに日本の考古学の構造的な課題を背負ったまま、北海道・北東北の縄文遺跡群を世界文化遺産に登録しようとするから、こういった結果になるんですよ。ここを解決しなければ世界は認めません。
日本ではどんな土器にも名前がついています、○○式土器と。しかし、○○式土器と名付けたからといって、その土器にどういう意味があるのか誰もわからない。そこには手を出そうとはしません。抽象的なもの、精神的なものにはね。
ところが、日本の考古学の現状など全く知らない国際記念物遺跡会議(イコモス)考古学遺産管理委員会共同委員長のダグラス・カマーさんとグアム大学ミクロネシア地域研究センター長のジョン・ピーターソンさんの2人は、来日した際、私の縄文論に耳を傾けてくれました。
世界遺産に登録される物件は不動産に限られますが、〝土器や土偶の精神性は、縄文文化を説明する上で欠かせない〟として、土器や土偶は動産ですが、〝不動産を説明するための動産はあり〟と評価してくださったのです。
だとすれば、そこをちゃんと担保する推薦書案じゃないと世界文化遺産登録は、先に進みません。だから、実際に出しても出しても推薦は見送られているじゃないですか。

求められるのは顕著な普遍的価値

――縄文文化が世界的に例を見ない特徴を持ったものであるということは、間違いないのですか。
大島 縄文文化が始まった紀元前1万3000年ころから、西アジアを中心に農業牧畜がどんどん広まっています。ところが、日本だけは1万年も狩猟採集社会が続きます。新石器時代に入っても狩猟採集生活を続けたというのは、世界的にもほとんど例がなく、非常に特異な文化と言えます。
――落選した際に文化庁からは「縄文遺跡は東日本全域にあるのに、なぜ北海道と北東北に限定するのか」と、最も基本的な事柄について説明が求められました。ところが、昨年も今年も、その疑問に答えることができませんでした。
大島 北海道・北東北は縄文文化の中でも優れているとか、縄文文化の中核だったなどと漠然とした形容詞では語られているけれども、具体的にどうなのかということを言ってないからです。
落選した理由の中には、ちょっとした工夫で解決できそうな技術的な問題も含まれています。例えば、遺跡の真ん中に道路が通っているところがいくつかあるという指摘です。しかし、イコモスは、どう対策を取るのか、ある程度の見通しを持てばいい、と言ってくれています。また、遺跡を保存するために、遺跡とそれ以外の間にバッファゾーン(緩衝地帯)を設置する必要もありますが、それも技術的な問題にすぎません。
世界文化遺産登録でとくに強く求められるポイントは、顕著な普遍的価値です。
縄文遺跡群世界遺産登録推進会議は、本格的な農牧畜をおこなわない狩猟・採集・漁労を基盤とした定住生活に顕著な普遍的価値があり、北海道・北東北の縄文遺跡群はそれを証明する無二の存在だと主張してきました。だが、それでは説明になっていません。定住型の狩猟採集社会は、北海道・北東北に限らず、縄文文化全体の特質だからです。

北海道・北東北に見られる特色とは

――では、北海道・北東北の縄文遺跡群には、世界文化遺産に登録されるような顕著な普遍的価値はないのですか。
大島 ありますよ。
北海道・北東北は、縄文時代の初めから津軽海峡文化圏と呼ばれる共通の文化基盤を持っていました。
津軽海峡文化圏は①プレ円筒土器文化(1万5000年前?)②円筒土器文化(7000年前?)③十腰内文化(4000年前?)④亀ヶ岡文化(3000年前?)―という4つのステージに整理され、土器や土偶、貝塚や盛り土などをともなった集落構造、ストーンサークル、墓や副葬品などで表される〝高い精神性〟(世界観)でくくられると同時に、特色ある文化ステージが連続します。
――だったら、なぜ、そういった見解が推薦書案に盛り込まれないのですか。
大島 1つは、最初に申し上げたように、現在の考古学では精神的なものに手を付けないからです。
2つめの理由は、縄文遺跡群世界遺産登録推進会議は4道県と18遺跡がある市町によって構成されていますが、推薦書案には現場の学芸員たちの意見が反映されていないからです。表向きは推進会議が作成するのですが、実際には、文化財保護や考古学などの学識経験者7人で構成される専門家委員会に委ねてしまったわけです。
形の上では議論をしたことになっていますが、あまりにも偉い先生方がつくったものですから、事実上、われわれ現場が口を差し挟む雰囲気ではなかったんですよ。専門家委員会のシナリオに基づいてできあがったのが1回目(昨年)の推薦書案で、そこには北海道・北東北に限る理由は書かれていなかったのです。
2回目は、これは大変だということで議論したのですが、1回目と結果的には変わらなかったということです。
――このままでは国内予選すら通りません。どうすればいいと思いますか。
大島 同じことを繰り返しても仕方がありません。最短で3年後、事によっては5年後、10年後を目指して、これを機会に日本の考古学界が総力を挙げて縄文文化の普遍的価値とは何かを研究し、世界に発信し、世界文化遺産登録を目指すべきです。
縄文研究で地域の情報を一番持っているのは、それぞれの地域の学会です。そこにいる研究者の力を結集すべきです。推進会議も4道県の考古学会に議論してもらい、意見を聞くべきです。私が会長を務める北海道考古学会も、少しでも世界遺産登録のお役に立てるよう議論を深めていこうと考えています。

=ききて/酒井 雅広=