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Interview

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北海道はスコットランドを見習うべきだ掲載号:2014年12月

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山崎幹根 北海道大学公共政策大学院長

 9月18日、世界が注目する中、イギリス北部のスコットランドで、独立を問う住民投票がおこなわれた。結果は反対派が多数を占め、連合王国の枠組みは維持された。スコットランド研究の第一人者である北海道大学公共政策大学院の山崎幹根院長に、今回の独立運動から北海道が学ぶべき点を聞いた。

民主主義の刷新を目指した運動

――スコットランドの研究はどれくらいに。
山崎 12年前に留学する機会があり、その先がスコットランドでした。スコットランドと北海道は人口の規模や面積、気候風土もよく似ています。ひと昔前までの産業構造は重厚長大型。炭鉱もたくさんありました。私が研究する前から、たとえば旧北海道開発庁がスコットランドの中央省庁だったスコットランド省との交流をしたり、堀達也さんが知事の時代に北海道が地方分権の調査をしたりと、多くの方々がスコットランドをモデルに勉強されていた。そういう意味では、私も取り組みやすかった。
――風景も似ている。
山崎 似てますね。郊外の風景は、北海道の農村地帯、田園地帯と極めて近い。羊がたくさんいたり、牧草ロールがあったり。
――そうしたスコットランドは9月18日、世界が注目する中、独立を問う住民投票をおこないました。
山崎 結果はご承知の通り、賛成45%、反対55%。拮抗はしたものの、反対派が多数を占め、連合王国の分断という事態はひとまず回避されました。
――今回の独立運動が、中国やアフリカではなくイギリスで起きたことに新鮮な驚きがありました。
山崎 今回の住民投票は、いわゆる民族の自立や植民地からの解放ということではありません。そもそもスコットランド人はエスニック・マイノリティーではないし、イギリス政府に文化、言語、宗教などの面で抑圧されているわけでもない。これまでの経緯を振り返ってみれば、地域における自己決定権の確立、言い換えれば「民主主義の刷新」を目指した運動だった点に最大の特徴があります。
――いくら北海道と似ているところがあるといっても、政治的な次元がまったく違うということですね。
山崎 スコットランド人は強い地域アイデンティティーを持っています。「イギリス人ではなくスコットランド人」とか「イギリス人であると同時にスコットランド人」という言葉にそうした思いが表れています。
――サッカーやラグビーで、イングランド対スコットランドは燃えますからね。
山崎 スコットランドは304年前まで独立国でした。ですから歴史や文化の独自性は、いまでも強くあるのはその通りです。だからといって、それが政治的な独立に直結するかというと、必ずしもそうではありません。独立に向かった一番大きな契機は30年前に遡ります。サッチャー保守党政権がスコットランドに対して推し進めてきた経済構造改革が市民の反発を巻き起こしました。スコットランドに多くあった重厚長大産業や炭鉱はイギリスの現状に合っていないからスクラップをしてしまえと。失業者が激増するなど大きな打撃を被りました。
また、保守党政権は地方自治体の改革を一方的におこなってきました。その最たるものは人頭税です。スコットランドは他の地域よりも1年早く導入されました。イングランドの保守党のやつらに、なぜ自分たちの生活が大きく変わるような政策を押し付けられなければならないのか。だったら自分たちのことは自分たちで決める議会をつくろうと、スコットランドの人々は決断したのです。
その後、課税権を持つスコットランド議会の設置が住民投票を経て認められ、1999年に正式に発足しました。実は、それ以前にも議会を設置しようという動きはありました。議会設立を問う住民投票が最初におこなわれたのは1979年です。僅差で賛成が多数となったものの、成立の条件だった絶対得票率40%に至らず、無効になったという経験があります。
――そうした中央政府の押し付けなども含めて、スコットランドと北海道は、やはりダブって見えるところが多々あります。しかし、独立に対する思いは、かなり違いますね。
山崎 大方の道民は、国に対して怒りや反発をあまり持たず、いまの関係に満足しているということなのでしょう。戦後の自民党政治は、道民に対して差別したり抑圧したりすることなく、すべての地域を平等に発展させようとしてきました。現に、北海道開発法という法律があり、北海道開発局があり、公共事業に対する特例措置があるなど、明治時代からずっと維持させてきた特別な仕組みはいまも残っています。よくも悪くも、イングランド対スコットランドのような対立の枠組みは、国と道にはなかったということです。
――なかったというより、国からおりてくる金で道民の感覚が麻痺しているのだろうと思います。
山崎 怒りや反発が本当になかったかというと、ミクロで見れば契機はあったと思います。たとえば30年前、横路孝弘さんが知事になったときの選挙では、このままじゃだめだという道民の危機感が24年間にわたる保守道政にピリオドを打ち、新しいものに賭けようという機運がありました。当時を振り返れば、炭鉱はどんどん閉山になり、重厚長大産業が縮小・解体されるという時期。そうした中で新しい北海道を模索しようとしたのは確かです。ただ実は結ばなかった。
マイナーな例では北海道価格。全国に比べ北海道だけ非合理な理由をつけて高いというのはおかしいと。それを解消する消費者運動が盛り上がり、次第に解消されていきました。エア・ドゥもそうです。なぜ札幌―東京間がこんなに高いのか。不当に高いのではないかという道民運動から始まった一面があります。
最近ですとエネルギー政策でしょうか。北海道には自然再生エネルギーを利活用するポテンシャルがあるにもかかわらず、ほとんど生かされていません。理由の1つに送電線網の未整備という問題はあります。北海道をスタンダードとして考えたときに、全国画一的な仕組みを見直していく場面は、もっともっとあると思います。

条例制定権でも相当なことができる

――スコットランド議会の話が出ましたが、道議会との違いは。
山崎 スコットランド議会は法律制定権を持っています。スコットランドの内政にかかわるほとんどの法律はスコットランド議会で決めていいと立法権が移譲されている。道議会は条例制定権のみ。条例は法令の範囲内で定めるものですから、そこが大きく違います。
――でも、本当に国の法律が上で条例が下なのでしょうか。ここはもっと議論していいと思いますが。
山崎 知恵と工夫を働かせれば、条例制定でも相当なことができます。現行の権限の枠内でもできることはたくさんあるのです。
――法律と条例の関係で、国と戦った自治体は。
山崎 美濃部亮吉さんが都知事時代の1969年、公害防止条例を制定しました。当時は法律が規定している分野に、地方自治体が新たに条例をつくることは違法だと考えられていた。しかし、当時の世論と社会問題になっていた公害を解決しなければいけない。国の法令を待っていたのでは遅い。それならば独自でやるしかないということで、国の法律よりも厳しい基準の条例をつくりました。国もそれに追随する形で法律を改正しました。
――従来までの関係を大きく変えましたね。
山崎 2000年には地方分権一括法ができ、より条例制定がしやすくなりました。その後の民主党政権、安倍政権でも条例制定権は拡大してはいます。しかしながら、その範囲は細かすぎて、市民生活レベルでどう変わるのかを実感することが困難です。

北海道の未来を語る絶好のチャンス

――そのほかに議会の違いはありますか。
山崎 市民に対する説明責任は、スコットランド議会は強いですね。市民からの信頼、より市民に近い議会をつくろうと努力しています。たとえば、小選挙区制プラス比例代表を取り入れることによって、多様な政治勢力が議会に参加できる仕組みを整える。
イギリス下院の選挙は完全な小選挙区制ですから保守党、労働党、自由民主党がほとんどの議席を確保します。スコットランド議会は比例もあるのでSNP(スコットランド国民党)という地域政党が勢力を伸ばしました。スコットランド議会は議院内閣制ですので、SNPのアレックス・サモンド党首がスコットランド政府の首相です。
また、議会の透明性の確保にも努力しています。議員の活動経費もこと細かく公開し、市民はホームページで見ることもできます。陳情や請願は電子申請も可能。それがどう取り扱われたのか、どういう議決になったのかまで、ネットでプロセスを追うこともできます。
――スコットランド首相は、北海道でいえば知事でいいのですか。
山崎 地域を代表するトップという意味では、知事に匹敵するポジションといっていいですね。
――今回の独立が否決された責任を取り、首相と党首を辞任することを表明したサモンド氏ですが、トップとしてのリーダーシップがまったく違う。
山崎 SNPが政権党になって、独立のための住民投票にこぎつけるまでには、何十年もかかっています。スコットランド独立を党是とするSNPという地域政党が存在しても、多くのスコットランド市民は独立など信じていませんでした。政党というよりスローガンを主張する政治運動団体みたいな位置づけでした。選挙でも得票率は少ないし、議席もほとんど得られない。そういう時代が長かった。
40年くらい前から既成政党の不満を取り込める勢力になって、スコットランド議会の中で議席を獲得。政治勢力を拡大してきました。その過程で本当の政党になるために現実主義路線も確立していきました。昔はECからの脱退、NATOからの脱退ということを盛んに言っていましたが、議員の顔ぶれもより現実的な勢力のほうが多数を占めていきました。今回も住民投票の直前に、核兵器の撤去はするがNATOには残るという現実路線をとりました。さらには北欧型の社会民主主義を目指すと訴えるなど、長い年月をかけて市民に信頼されるような政策転換をおこない、政権を担えるような政党に成長してきたのです。SNPの近年の発展には、サモンド氏というリーダーシップをもった指導者を迎えたことも大きかったでしょう。
北海道に当てはめるにしてもそういうところを見ていかなければなりません。サモンド氏のようなリーダーをわれわれはどう見つけ、育てていくのか。来年4月には統一地方選もあります。知事選は北海道の未来を語る絶好のチャンスです。道民も真剣に考える時期にきていると思います。

=ききて/鈴木正紀=