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Interview

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中東票獲得の裏に冬季アジア札幌大会
橋本聖子が明かす五輪招致“全内幕”
掲載号:2013年11月

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橋本聖子 参議院議員

 「生まれて初めて味わった感動でした」9月8日に2020年東京夏季五輪が決まった瞬間を、橋本聖子氏はそう振り返る。メダリスト、JOC理事、そして政治家として招致に奔走してきた橋本氏。立役者の1人が意外な事実を明かす。

吉田選手もプレゼンター候補だった

――国際オリンピック委員会(IOC)総会の開催地でも、ギリギリまで招致活動を続けてたそうですね。
橋本 そうですね。東京が立候補宣言をしてから、日々の活動にも招致運動を組み込んで続けてきました。山あり谷ありでしたね。
――特に留意した点は。
橋本 前回の運動の反省をもとに、国内での機運、支持率アップに力を注ぎました。これは選考の大きな要素でもあります。今回は、オールジャパンの体制づくりとして、評議会を立ち上げました。安倍晋三総理が全体のトップで、猪瀬直樹東京都知事、竹田恆和日本オリンピック委員会(JOC)会長はもちろんのこと、イメージとしては、あらゆる団体・組織の長がメンバーになったような組織です。
各界で世界的な影響力を有する方に入っていただきました。世界少年野球推進財団の王貞治さん、日本女子プロゴルフ協会の樋口久子さんといった、スポーツ界だけではありません。経済界のトップ、学校関係の方も参加してもらいました。AKBの秋元康さんもメンバーですよ。ただ、昨年前半までは、国内での盛り上がりが足りないかな、と感じていました。
――機運の高まりを実感したのはいつごろですか。
橋本 昨年夏のロンドン五輪で弾みがつきました。特に50万人が詰めかけた銀座パレード。あれで「日本で五輪を」という雰囲気が国民の間に一気に広がりましたね
――総会直前、福島第1原発の問題がクローズアップされる場面もありました。
橋本 総会直前というより、その前から原発の問題は、一部の海外メディアで大きく報道されていました。今年8月、モスクワの世界陸上を視察したときも、ネガティブキャンペーンではないかと思うほど、ひどかった。特にヨーロッパではセンセーショナルに報じられ、そうした動きを見て、払拭するには国が動かないといけない。あらゆる手を使い、世界にメッセージを出さなければと、官邸にお願いしました。
――それが安倍総理の演説につながったわけですね。
橋本 どういう内容にするのか、相当、練り込んだと聞いています。というのも、プレゼンテーションの時間は全体で45分しかありません。各プレゼンターの持ち時間は何分何秒まで決まっており、総理の持ち時間だけでは、福島第1原発の現状について詳細に説明するのは難しかった。状況がコントロールされている点を訴え、後で質問されるはずだから、そこで丁寧に説明しようという方針になりました。
i2――滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」も話題になりました。起用の背景は。
橋本 プレゼンターの人選は、竹田JOC会長以外、直前まで確定させていませんでした。フェンシングの太田雄貴選手、陸上パラリンピック代表の佐藤真海選手といった主要なメンバーですら、固まったのは2カ月ほど前。いま何が求められているのかを見極め、臨機応変に対応する必要があるからです。  滝川さんが候補に浮上したのは今年6月ぐらい。彼女はIOCの公用語のフランス語を話せますが、ただアスリートではない。どんなアピールをするか検討が重ねられました。その結果、父親がフランス人で2つの祖国を持つ立場から日本の文化の素晴らしさ、日本への思いを訴えることになりました。
――他のプレゼンター候補は。
橋本 若い力も必要という議論から、東日本大震災の被災地の子どもたちにお願いする案もありました。レスリングの吉田沙保里選手という声もありました。ただ、開催地決定日の翌日に、正式種目の最後の枠が決まる日程でした。その前に全体のプレゼンで吉田選手を壇上にあげることが、種目入りを争っている他の競技関係者にどんな影響を与えるか、という心配がありました。
――高円宮妃久子さまの出席については、政治利用になるかどうか、意見が分かれました。
橋本 いろんな議論があり、最後まで宮内庁は抵抗しましたが、国民のために妃殿下にご協力をいただけないか、というスタンスでした。下村博文文部科学大臣とも話し合い、妃殿下のご出席が決め手になると申し上げました。IOC委員には各国の王族も少なくありません。実際、妃殿下は現地で大変な人気を集めていました。
下村大臣だけでなく、森喜朗元総理も相当、働きかけをしたと聞いております。最終的には8月末、震災復興支援への感謝のお気持ちを話されるということで、宮内庁と折り合いがつきました。

IOCの投票は総裁選とそっくり

――無記名投票でしたが、直前の票読みは。
橋本 東京に投票することが確実視されたIOC委員を◎、おそらく東京を支持する委員を○とすると、◎と○で計42票。そこに△ぐらいの委員が加われば、1回目で過半数の48票を上回ると見ていました。
IOCの投票は、自民党総裁選と似ています。無記名ですし、投票者の顔ぶれと全体の票数は最初からわかっています。すべての候補地にいい顔をする八方美人もいれば「1回目の投票はあなたのところだが、決選投票は別の国です」と、はっきり言う委員もいます。バーターを持ちかけてくる委員もいます。総裁選とそっくりですよね。
しかし、総裁選挙では派閥とか、上からの圧力による押さえつけもありますが、IOC委員の投票では、そうはいきません。特に、若くしてIOC委員に就いている元アスリートの委員は、周囲の影響よりも、プレゼンの内容で判断する傾向が強い。われわれの読みでは25人ぐらいが、最終プレゼンまで投票先を決めていませんでした。
――実際は1回目が42票で、イスタンブールとの決選投票では60対30で圧勝でした。
橋本 実は、札幌も今回の五輪誘致で大きな役割を果たしました。票数から考えると、中東のIOC委員たちは1回目の投票から東京支持で、その背景には、2017年の冬季アジア札幌大会があります。
札幌大会になったきっかけは、アジアオリンピック評議会のトップ、クウェートのアハマド殿下からの依頼でした。JOCの竹田会長に「17年の冬季大会を日本で引き受けてくれないか」と。日本が五輪招致に再挑戦するうえで、実力者の依頼に応えることはプラス材料になると判断し、JOCは札幌に要請しました。
竹田会長が札幌市などに正式な要請をしたのが10年末。ところが、翌11年1月末開催のカザフスタン大会までに、決めなければなりませんでした。実質的に2カ月という非常に短い検討期間にもかかわらず、道と札幌市、帯広市が協力してくれました。
――水面下で各IOC委員へのアプローチをおこなったようですが、橋本さんは。
橋本 対象の委員ごとに担当があり、チームで動きます。例えば私は、国際スケート連盟のチンクアンタ会長や国際自転車連盟のマックエイド会長、元ハンドボール選手のアイシャ氏らを受け持ちました。なぜハンドボールかというと、義兄の高橋辰夫元衆院議員が長年、北海道ハンドボール協会会長だった縁で、日本ハンドボール協会の副会長を務めているからです。
――具体的にはどのように活動したのですか。
橋本 スポーツ団体の立場でお会いしたり、あるいは女性会議をやりましょうと持ちかけたり、いろいろです。それこそありとあらゆるルートを使います。
例えば、アイシャ氏の祖国、アフリカのジブチは親日家が多い。ソマリア沖のアデン湾で続けられている自衛隊の海賊対策が評価されているのです。現地にはたくさんの自衛隊員がおり、隊長にも協力をお願いをしました。
こんなこともありました。情報を集めると、ジブチの海で捕れるマグロを、「すしざんまい」の木村清社長が大量に買っていました。現地の日本大使館には、マグロを釣り上げている木村社長の写真が、大きなパネルになって飾られていました。まるで国家元首のような扱いです。それだけ、木村社長はジブチで知られているわけです。そこで木村社長にお願いし、地元経済界との間を取り持ってもらいました。

札幌ドームまで地下鉄の延伸を

――今後についてうかがいたい。東京五輪は3兆円の経済効果をもたらすという試算もありますが、本道の活性化につなげるには。
橋本 まずは観光立国の推進です。道内出身の国会議員として、早急に北海道観光振興特別措置法を通すべく、頑張っているところです。観光という点では、大変なことになっているJR北海道の問題についても、早急に解決していかなければならない。それから道内は、各国の選手、チームの合宿先にもなります。
また、札幌ドームもサッカーの会場になる予定です。各国から人が集まる五輪の会場になるわけですから、交通アクセスの向上の点から考えると、私は、地下鉄をドームのそばまで延伸させるべきだと思います。
――スポーツ庁構想が噂されている。メダリストであり、政治家としてもスポーツ基本法の制定に熱心に取り組んできました。初代長官という声もあります。
橋本 いえいえ。とにかく悲願のスポーツ省設置に追い風が吹いています。他国では、青少年スポーツ省や教育スポーツ省といった形になっており、まずは「庁」を創設し、その後に文化・スポーツ省という形に格上げしていきたい。
――札幌でもう一度、冬季五輪を、という声があります。
橋本 冬季だけでなく夏季も含め、どの国が狙っていて、どんな順番で決まりそうなのかといった情報、そして戦略をしっかり練った上で考えなければなりません。
今回、平晶(韓国)の冬季五輪の2年後にもかかわらず、同じアジアの東京が選ばれたのは、高い開催能力が評価された点が大きい。20年までの7年間で、各国の信頼を裏切ることなく、準備を整え、約束を果たさなければならない。それが実現できなければ、その後、日本での五輪開催はありません。
――前回の冬季五輪(バンクーバー)に続き、来年2月のソチ大会でも選手団長を務めます。最後に抱負をお願いします。
橋本 20年の東京五輪へとつながる、最初の〝ジャンプ〟になるような結果を残したい。冬季五輪としては、なんとか長野大会のメダル数を超えたいですね。

=ききて/野口晋一=