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Interview

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〝画になる〟北海道は映画人を刺激する掲載号:2015年7月

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多田憲之 東映社長

「北のカナリアたち」「探偵はBARにいる」など、北海道が舞台となる映画を多数制作してきた東映。昨年4月、常務から社長に就任した多田憲之氏は、胆振管内虻田町(現・洞爺湖町)の出身だ。映画と北海道の新たなコラボレーションについて聞いた。

 28年間の北海道勤務から本社中枢へ

――多田さんは旧虻田町のご出身なんですね。
多田 伊達高校から中央大学に進み、1972年、東映に入社しました。

――もともと映画会社を志望されていたんですか。
多田 就職活動をしているとき、僕自身は1社内定をもらっていたんですが、友人がまだ決まっていない。そこで一緒に大学の就職部に行くと、壁に各企業の募集がズラッと貼ってある。ガリ版刷りが当たり前の時代、一際目立つカラーの募集。それが東映でした。学生時代から東映の任侠映画などを見ていて映画は大好き。でも、それを生業にするという発想はまったくありませんでした。そういう意味では運命の出会いで、よし受けようと。もし受かったら、藤純子や高倉健に会えるかもしれないと正直思いました(笑)。

――内定を蹴って。
多田 精密機械関係の会社から内定をいただいていたのですが、こっちのほうが面白そうじゃないですか。

――入社後のキャリアは。
多田 北海道出身ですし、ちょっと家庭の事情などもあって、勤務地は北海道がいいと。意向調査には、第1希望・北海道支社、第2希望・北海道支社、第3希望・北海道支社……と全部「北海道支社」と書いた記憶があります。会社はそれをくんでくれたのか、研修後の赴任先は北海道でした。

――その後は。
多田 大卒の新入社員は、まずは支社で勤務させ、3年くらいで本社に戻すというローテーションがありました。ところが入社2年目に、北海道日本ハムファイターズの前身、東映フライヤーズを売り、全国にあったボウリング場を一斉に閉鎖するとの決定が伝えられました。当時、道内にボウリング場は6カ所。札幌、旭川、釧路、帯広、音更、池田と展開していたのですが、赤字・黒字関係なしに、何月何日をもって閉鎖だと。このとき〝東映はすごい〟と思ったのですが、ボウリング場で働いていた社員を誰一人クビにしなかった。それで人員は増えたので7年ほど新入社員の募集をやめたくらいです。大卒新入社員もいませんから、3年で本社へ戻すというローテーションもなくなってしまった。そうこうしているうちに、私も結婚し、子どもが生まれ、家を買いということで、すっかり生活基盤が北海道にできてしまった。もう東京に行く気もありません。ここで定年を迎えて、サラリーマン生活を終えるんだと思っていました。

――入社以来、ずっと北海道勤務だったんですか。
多田 そうです。47歳のときに北海道支社長になり、50歳までの28年間。ところが、2000年に現会長の岡田裕介から東京に来いと。当時、岡田は営業担当常務。社命には逆らえません。岡田の部下として本社の映画宣伝部長に着任しました。

――呼ばれた理由は。
多田 たまたま同い年で、岡田がプロデュースし、84年に公開された「天国の駅」からの付き合いです。気心が知れているというのがあったのかもしれませんが、よくはわかりません。

――岡田さんは2002年に社長に就任。多田さんは08年から秘書部長を務められている。
多田 宣伝部長を7年半やった後、なぜか秘書部長をやれと。

――やはり岡田さんからの信頼が厚かったのでしょう。その後、執行役員、取締役、総務部長兼監査部長、常務と務め、現在に至っています。社長としてのこの1年はどうでしたか。
多田 テレビも含めた映像の世界は日々、目まぐるしく動いているのを、あらためて実感した1年でした。
当然ながら社長のもとには、さまざま情報が入ってきます。それを取捨選択するために常時、情報に対する感度を研ぎ澄ませておかなければなりません。そうしておかないと適切なジャッジができない。当然、数字も気になります。常に新しい事業も考えるというようなことで、アッという間でした。

――まさに社長就任と同時に消費税の増税。影響はありましたか。
多田 映画業界に関しては、なかったと言っていいと思います。増税前の3月14日から「アナと雪の女王」が公開されました。爆発的なブームもあって、増税の話が吹っ飛んでしまった側面もあります。ただ、映画そのものは必需品ではありません。嗜好品です。少々安いからといって観客が増えるわけではなく、逆に高いからといって極端に減るものでもない。時間を売る商売ですから、いいものさえ提供すれば、お客さまは見てくれます。

――1800円という料金は据え置きましたね。
多田 レディスデーやメンズデー、シニアの料金を若干あげるなどして、増税分に対応しようと考えました。その結果、売上高は昨対で106%強。かつ動員は103%強。神業的に3%分を吸収できました。邦画は年間に大小含め約600本が公開され、昨年の日本映画全体の興行収入は2070億円、動員は1億6000万人です。まだまだ捨てたものじゃありません。

東映モンロー主義を廃し門戸を開放

――東映としての昨年のヒット作は。
多田 興行収入で20億円を超えたのは「相棒」の劇場版第3弾だけでした。映画は不調の1年といえます。ただ、ここが当社の強みなのですが、連結決算では約130億円の経常利益を出しています。確かに映画は昨対70%と厳しい結果に終わりました。それでも一昨年の経常利益からは10億円程度の落ち込みです。映画が多少悪くても、他の事業でカバーできる。少々のことで会社の基盤が崩れることはありません。逆に映画が当たればその相乗効果は大きく、かなりいい決算になることが見込まれます。やはり当社は映画会社ですから、映画で頑張らなければならないと決意を新たにしているところです。

――映画以外のテレビ事業、ビデオ事業などが堅調に推移したと。
多田 その他にも、シネコンの運営事業、催事関連事業、観光不動産事業なども、この厳しい環境の中で健闘しています。東映グループ全体でいうと映画、テレビ映画、アニメ、Vシネマなどを年間500本ほど製作し、テレビ局や映画館、ビデオレンタル店などに提供しています。いまやその数は4万タイトル以上。まさに当社の財産です。

――15年度の見通しは。
多田 連結の売上高でいうと、最低でも1100~1200億円をキープ。経常利益も130億円を確保したい。そのためには、やはり映画を当てていくことが重要です。映画は、まず興行収入で1次利益が出る。そして、2次使用としてビデオレンタルやDVDパッケージとして販売します。さらに、テレビの地上波、BS、CS、海外にも売れるということで波及効果が大きいのです。

――当たる映画をつくるためには何が必要ですか。
多田 やはり企画を充実させることです。ただ、いい企画をつくるには時間もかかります。実は、当社には〝東映モンロー主義〟みたいなものがあると感じます。というのも、当社は東京と京都に撮影所をもち、制作能力のある系列会社も多数あるので、ほとんどのことは自前でやれてしまう。だから外部からのアプローチには鈍感です。外部のプロダクションがいい企画を持っていても〝どうせ東映に提案してもムダだろう〟と思われている。もちろん、当社グループが団結して企画を上げてくるのは当然ですが、外部に対しても一斉に門戸を開放しようと思っています。

ロケ先での支援体制が必要不可欠

――すでに進んでいるものはありますか。
多田 まだ具体的なものはありません。日活社長の佐藤直樹さんとは飲み友だちで、彼も函館出身で道産子。東映と日活で何かコラボレーションできないか話したりしています。89年に「デスティニー」という映画制作会社を立ち上げた小滝祥平さんも旭川出身。「ホワイトアウト」「亡国のイージス」などの大作を手がけるプロデューサーです。彼とも親しくて、まずは北海道つながりで何かできないかと思っています。

――いいですね。結構、映画界には北海道出身者が多いんですね。
多田 多いですよ。小学館の取締役になった久保雅一さんは札幌出身。「ポケットモンスター」の親分みたいな人で、テレビアニメや映画の「妖怪ウオッチ」ではスーパーバイザーを務めるなど、小学館の映像関係を全部やっているような人物までいます。

――北海道といえば、今秋公開の「起終点駅 ターミナル」は、まさにオール北海道です。
多田 原作者の桜木紫乃さんは釧路出身。ロケ地も釧路。主演の佐藤浩市さんの奥さんは北海道の方です。製作プロのデスティニーも、配給会社東映の社長も北海道出身ときている(笑)。すべて北海道つながり。「北海道関係者が北海道で映画をつくろう」みたいなノリです。

――ターミナルは、そうした取り組みの第1弾ということになりますか。
多田 そうしたいですが、現実的にはお金の問題があります。映画の制作費は何億円もかかります。現在はスポンサー企業が資金を出し合う製作委員会方式でつくるのが主流ですが、それでも相当なリスクを負うことに変わりはありません。
とくに北海道はお金がかかります。100人くらいの部隊が移動するわけですからね。撮るシーンも夏ばかりではありません。映画人は北海道に来ると、みんな四季折々のシーンを撮りたくなります。それをやろうとすればスタッフの行き来が大変。こんなにかかるのか!というくらいお金がかかりますから、ロケ先の自治体のみなさんや地元企業などのサポートがないと、製作委員会制度でもなかなかお金が集まらない。結局〝北海道でやらなくても千葉でやれば〟みたいなことになってしまうのです。ですから行政も含めた地元の支援体制ができると、製作委員会参加企業を説得しやすくなります。

――北海道で撮る映画はヒットするというジンクスがあるそうですね。
多田 とくに冬の北海道を舞台にするとヒットしますね。寒さでどんな俳優も凛々しい顔になるからかもしれません。
日本人の深層心理的には北に対する憧れがあるのだと思います。演歌の世界もそうですが、失恋して南に行く人はあまりいません。やはり北が心情的にピッタリくる。北海道は本州などと違って、どこかエキゾチックなところがあるのではないでしょうか。北海道の風景は、どこを撮っても画になる。映画人の感性を大いに刺激する場所です。多くの映画を北海道で撮れるよう、いろんな仕掛けを考えたいと思っています。

=ききて/鈴木正紀=