「情報を先取り、タブーに挑戦」を編集方針とし、生活者・企業経営者に
最新かつ有益な情報価値をご提供する、北海道の地域政治・経済誌

ロゴ

トップページ > インタビュー

Interview

このエントリーをはてなブックマークに追加

「新党結成だ!政治は弱い人のためにある」
不屈・鈴木宗男激白60分
掲載号:2012年2月

photo

鈴木宗男 新党大地・真民主代表

  元外務省主席分析官の佐藤優氏いわく、鈴木宗男元代議士は、「へその緒がつながったときからの政治家」。鈴木氏は12月末に「新党大地・真民主」を旗揚げした。獄中生活、新党設立の経緯など、思いの丈を語ってもらった。

親孝行の気持ちで高齢者の入浴補助

――1年間の収監生活は、〝修行〟の日々だったと振り返っています。
鈴木 たまたま収監中、「比叡山千日回峰行」を2度おこなった僧侶の酒井雄哉大阿闍梨さんから、「行」と書かれた色紙が家に届きました。「人生何ひとつ無駄なことはない」という添え書きもあった。それを女房が手紙で知らせてくれて、なるほどと思いました。過酷な荒行を2度も達成した酒井さんが、そう言ってくれる。私も日々〝行〟だという思いで受刑生活を送っていました。
――喜連川社会復帰促進センターでは、〝エリート受刑者〟だったそうですね。
鈴木 2011年1月13日から、本格的な刑務作業に従事しました。病棟の衛生係という仕事で、刑務所にいる期間が長く、まじめさが認められた人が任されると聞いています。私のように入所してすぐ、配属される例は珍しいそうです。衛生係の仕事の1つに、高齢者介護がありました。私が大学2年、20歳の時に、父は脳出血で亡くなりました。オヤジに馬を売ってもらい、夢だった東京に行くことができた。父が亡くなった後は、母が一生懸命に仕送りしてくれました。
その後、私は国会議員になりましたが、おふくろと一緒に生活ができず、ひとりぼっちにしてしまった。おふくろは、04年4月6日に亡くなりました。
死の1週間前、おふくろが残した最後の言葉は、「宗男よ、もう一度国会へ行け。母ちゃんは悪いことをするような子どもは産んでいない」というものでした…(涙)。
私はその言葉を胸に、あえて04年7月の参院選に打って出たわけです。結果は落選でしたが、翌年9月の総選挙で国会に返り咲くことができた。天国から両親の応援があったと思っています。私の中にはずっと、親孝行ができず申し訳なかったという自責の念がありました。
喜連川に収監されると、お年寄りのおむつ交換、入浴介助に従事することになった。親にできなかったことをやっている。これも天の配剤だと感じましたね。
オヤジやおふくろが「宗男よ、自分たちにしてくれなくても、他人さまにしてあげている。もっと偉いことだ、立派なことだよ」と言ってくれたような気がします…(涙)。本当にいい経験をさせていただきました。
また、受刑者も「なぜ、こんな場所に鈴木宗男がいなければいけないんだ」という雰囲気でした。私が出ている雑誌、新聞の誌(紙)面を、受刑者が「頑張れ、負けるな」と塀越しに見せてくれる。私が廊下を歩くたびにです。センター内でも流れは私に向いていると感じ、勇気をもらいましたね。私が「権力に打ちのめされ、人生を狂わされた人よ集まれ。日本を変えよう」と訴えれば、受刑者OBなど大きな力が結集しますよ。

震災後、上から目線の発言に違和感

――3月11日に東日本大震災が起きました。
鈴木 人間・鈴木宗男にとっても3月11日は、大転換の出来事でした。親を亡くした、子どもが津波によって流された、そういった人たちが、必死になって生きていく姿を知るとき、「寒い、自由がない」などと愚痴をこぼしていた自分が、情けないと思った。喜連川は3度の食事があたるし、日本一安全な場所です。
被災された方々と比べれば、私はどれほど恵まれているのか。自分自身に甘えがありました。被災者を思ったとき、肩の力が一気に抜けて、逆に一日一日が早く感じました。
震災後、私が違和感を覚えたのは、「被災者に元気を、勇気を、夢を」というフレーズです。政治家、芸能人などが「上から目線」で発言している。私は被災者のみなさんから元気や勇気、希望をもらいました。被災者の方々からは、「鈴木さんは下から目線で、われわれの味方だ」という声をいただいています。
――震災直後から、政府の福島原発問題への対応のまずさが指摘されました。
鈴木 当時の枝野(幸男)官房長官の福島原発問題に関する記者会見は専門家にやらせる、その補足を官房長官が説明するべきでした。何ミリシーベルトなど、専門的なことは、枝野さんにはわからない。NHKラジオで毎晩、枝野さんの記者会見を聴いていましたが、安心させるどころか、国民を不安に陥れてしまった。
加えて、菅直人総理がヘリコプターに乗って現地を視察しましたよね。あれは間違っているんです。最高指揮官は動いてはいけない。総理官邸に陣取って、的確な指示をすべきですよ。
また、震災直後の新聞を見ていると、救援物資は集まったが現地に届かないと報じられていた。地震の被害がなかった地域のパトカーを総動員し、先導車として走らせ、まっ先に物資を運ぶべきでしょう。菅さんは「強権的なことはしない」とかっこいいことを言っていましたが、被災者の命がかかっている。まったくズレた考えですよ。
――仮釈放後、被災地を訪れましたね。
鈴木 12月20日に岩手県・宮古市の田老地区に行ってきました。万里の長城とまでいわれた防潮堤を乗り越えて、津波がマチをのみ込んだ。そのすごさに愕然としました。
現地の震災復興には北海道の関係者も関わっていました。漁港整備には釧路市の濱谷建設さんが仕事をしています。この会社は私の熱烈な応援者です。宮古市と隣の岩泉町がありますが、そこに支援に入ったのが第2師団遠軽駐屯地に所属する自衛隊員です。この駐屯地の自衛隊協力会には、私の後援者がたくさんいます。
被災地に行くと、がれきがいまだに山となって積まれている。早急に全国で受け入れて撤去すべきです。なぜ「わが自治体で引き受けてもいい」と、多くの手があがらないのか。私は無責任だと思いますね。

地べたにはいつくばって声を聞く

――鈴木さんは常々、胆力がない政治家が増えたとおっしゃっていますね。
鈴木 勉強をしている政治家は多いわけです。いわゆる〝偏差値秀才〟です。私から言わせれば、勉強はしたけれども頭はよくない。政治家はテクニカルな勉強よりも、もっと大切なことを学ばなければいけません。それは人の心をいただく方法です。いい政治とは、普通の人、弱い人が願っていることを実現することに尽きます。
いまでも、国民の心をつかんだ政治家として、田中角栄元総理の名前があがります。最近、政治評論家の岩見隆夫さんが週刊誌のコラムで、「手負いの人気男、角栄と宗男」を執筆しています。この2人に共通するのは、「義理・人情、浪花節」、加えて「自己保身第一、選挙第一ではなく、何よりも国民のために働いた」と指摘しています。
角栄さんは小学校しか出ていません。鍛えられた地頭を使い国民の心をわしづかみにして、その思いを体現したわけです。私も角栄さんと同じように見られるのは、決して上品でないかもしれないが、地べたにはいつくばってでも、人のために頑張るからでしょう。政治は困った人、弱い人のためにあるという思いは、人一倍持っていますから。
――現在の民主党政権をどのように見ていますか。
鈴木 国民は民主党はダメだ、自民党もダメだと思っているのではないか。民主主義で大事なことは、約束を守ることですよ。前回の総選挙で、国民生活第一を掲げ、4年間消費税は上げないと言ったのだから、守らないといけない。民主主義は手続き、次に中身なんです。思いつきでモノを言ってはいけません。
また、官僚政治打破といいながら、官僚の手のひらで転がされている。例えば、あの沖縄の普天間基地移設を、辺野古沖でやってはいけないんです。あれは自民党政権が決めた、官僚がつくった案ですから。それを「ノー」と言うのが、本来の政権交代の姿だった。
加えて、小沢一郎元民主党代表は党内で一番政治経験があるのに、排除してはいけません。震災対応でも小沢さんの知恵をなぜ活用しないのか。そうした有為な人材を生かし切れない。やはり胆力がないんです。
いまは排除の論理ではなく、震災復興のために一致結束ですよ。この震災の大復興は与党も野党も関係ない。全国会議員をあげて取り組むべきです。「公明党のみなさん、共産党のみなさん、復興のために協力してください」と、野田佳彦総理が頭を下げれば、それで済む話なんです。

松木、石川、浅野を全力で支える

――無所属の松木謙公、石川知裕の両代議士らと「新党大地・真民主」を立ち上げました。
鈴木 松木さんは、農水大臣政務官という重いポストを放り投げてでも、自らの信念を通した。菅内閣不信任決議案に賛成もした。これは、なかなかできることではない。そういう意味で、私は政治家・松木謙公の男気、勇気を評価しますね。松木さんだけではなく、道11区の石川知裕さんも、鈴木宗男、新党大地後援会抜きに語れないでしょう。私と2人との信頼関係は極めて強固です。
この松木さん、石川さんに私の後継である浅野貴博君を加えた3人は、北海道の将来を担う政治家〝三羽がらす〟だと思っています。松木さんも石川さんも浅野君も、これから20年、30年と活躍できる政治家です。私が「新党大地・真民主」の代表となり、3人を支えながら新しい政治の流れを北海道からつくっていきます。
――「新党大地・真民主」を全国的に広げていく考えですか。
鈴木 北海道で新党大地は民主党、自民党に次ぐ圧倒的な第3党です。道議会にも大地という会派ができ、道内市町村にも新党大地公認の市町村議会議員がいます。その点、北海道では大きな自信を持っています。「新党大地・真民主」のウイングは道外にも広げていきます。全国の声なき声をしっかり受け止めていきたい。
――新党大地は民主党と選挙協力を結び、前回の総選挙、参院選を戦ってきました。今後については。
鈴木 前回の総選挙で民主党と選挙協力したのは、当時、民主党代表だった小沢さんの情熱に惚れたからです。私は「小泉政治以後の格差の広がった弱肉強食の日本では危ない。それはすべて官僚主導だ。ここは、北の大地・北海道から政権交代の灯をともしましょう。そのためには鈴木さんの協力が必要だ」といわれた。
現に前回の総選挙では、道内12小選挙区のうち、民主党は11勝1敗でした。負けた選挙区候補者も比例復活させて、全員当選したわけです。私は十分、責任、約束を果たしたと思っています。
その一方、民主党は新党大地の比例2議席目確保に協力するといいながら、何もやってくれなかった。その点、私はなんとも思っていませんが、新党大地後援者、鈴木宗男後援会の中には、不信感があります。これを考えるときに、このまま民主党と選挙協力を続けるというわけにはいかない。そのため、次期総選挙への対応は白紙の状況です。
民主党だけではなく、自民党内にも私の協力を得たいという人もいます。公明党も黙っていないでしょう。公明党は稲津久衆院議員を道10区に擁立することを決めたと聞いています。公明党だけの力では当選が難しいかもしれない。私は10区内で、安定的な後援会組織を持っていますから。われわれはあくまで受け身の立場です。選挙協力についてはそれぞれの政党が考えることです。

小沢一郎の秘書になれば最強タッグ

――鈴木さんは自らの後援者を、後漢・光武帝の「疾風に勁草を知る」という言葉にたとえています。
鈴木 これは、激しい風、大変な逆境が襲っても、その中でしっかりと根を張っている草がある。その草こそが本物だというたとえです。
私は収監中に気づいたことが3つあり、その1つが信念を曲げないことでした。私が〝連隊旗〟ですから、くじけたら誰もついてこない。負けてたまるかという思いを持ち続けていました。
私の家族である後援者、友人、事務所スタッフは絶対に離れません。私自身がフラフラしないし、ウソをつかないので、長いつき合いができるわけです。
松山千春さんが最たる例です。千春さんは最初から何があっても私です。普通、逮捕されたら離れますよ。いわんや収監されたら、「じゃあね」で終わりです。しかし、「逮捕され、収監されても、死ぬまで鈴木宗男だ」と言ってくれる。その背景にはお互いに信頼関係があります。やはり「疾風に勁草を知る」なんです。
――5年間、公民権が停止となり、選挙には出られませんが、生涯政治家を掲げています。
鈴木 私は現職国会議員ではないが、右胸に勤続25年の永年表彰バッジがあります。これは非常に重いものです。後援者のみなさんのおかげでつけることができた。この感謝の気持ちを忘れてはいけないと思っています。
私は5年後、69歳になっていますが、12月21日に人間ドックに行ってきました。先生から体力は40代と言われました。「賞味期限」は切れるかもしれませんが、まだまだ「消費期限」はあると考えています。
後援会のみなさんは、83年の衆院選が1度目の奇跡ならば、新党大地を立ち上げ、逮捕後の選挙だった05年の当選が2度目の奇跡、そして、われわれは3度目の奇跡を起こすと言ってくれています。大変ありがたい話ですね。
ただ、国政復帰できるかどうかは、私が判断することではない。北海道民、私の後援会が決めることです。
――権力との闘いも続きますね。
鈴木 いま、私は民事裁判を2つ起こしています。元林野庁長官と元開発局の港湾部長を偽証で訴えている。鈴木事件はなんだったのかという真実を、必ず明らかにする。この官僚のウソが私の実刑判決につながった。検察の脅かし、誘導で、この人たちも私に不利な発言をしたわけです。正直に言ってくれれば、時が解決する。
この民事裁判で勝てば、再審まで持っていけます。あわせて、身の潔白も明らかにできます。
――永田町には浅野代議士の政策秘書になるという話もありますが… 鈴木 4月28日で刑期の満期を迎え、まっさらになります。浅野君というより、私が小沢さんの秘書になれば、相当迫力があるのではないでしょうか。
――検察、官僚もおののく最強タッグですね。
鈴木 私が小沢さんの第1秘書か第2秘書の特別公務員になり、国会内、霞が関を駆け回る。官僚は黙っていても緊張感を持って仕事をする。日本の政治がいい方向に動くかもしれませんね。ただ、すべては小沢さんが私を使ってくれるかどうかですが…(笑)。
小沢さんとは仮釈放後も、数回にわたって会談しています。国民生活第一、官僚政治打破のため、これからも小沢さんとの連絡は密にしていきます。

後援会には娘への期待感がある

――鈴木さんの後援会内部には、長女・貴子さんの政界進出を期待する声があります。
鈴木 私の後援者の中に、娘に対する期待感があるのは間違いないです。親子関係を離れて、1人の社会人、政治家として娘を見たとき、いい政治的センスを持っている。話もうまいし、キラリと光るものがあります。だが、私ではなく本人が決める話です。跡を継げだとか、政治の世界に行けなどとは言いません。
――今後、取り組んでいく政治課題は。
鈴木 北海道は食料自給率200%で、国民生活を守っている。それと風光明媚な自然があり、癒やしの場所です。北海道の元気は日本の元気です。北海道がよくなれば日本もよくなるという発信をしていきたい。
そこで重要になってくるのがエネルギー問題です。〝脱原発〟というのは簡単ですが、代替エネルギーについて本気で議論していません。私は天然ガスだと主張しています。現在、ロシアのサハリンで天然ガスを 掘っている。そこからパイプラインを引いて苫小牧あたりに一大備蓄基地をつくり、日本中にエネルギーを供給する。そうすれば、北海道に大変なお金が回って きます。
ロシアと信頼関係、強固なパートナーシップを結べば、おのずと北方領土問題も解決するわけです。ロシアでは12年3月、プーチン大統領が誕生するでしょう。ここで、日本がどのように手を打つかですよ。だが、その妙案を考えられるプレーヤーは、残念ながら民主党内にいません。
――TPP(環太平洋経済連携協定)についての見解は。
鈴木 TPPを議論する場合、車が売れる、関税がなくなれば電気製品が売れる、安い農産物が入ってくるなど、〝モノ・カネ〟の話に終始している。
私が反対する一番の理由は、日本は農村、漁村、山村でスタートして、国をつくったんです。TPPをやってしまうと、すべて東京など都会の価値感になる。地方が崩壊することで、日本人の〝魂〟がなくなるんです。
車の輸出を見ても、たかだか850億円の関税がなくなるだけです。このために日本人の魂、心は売れませんよ。
北海道の農業も付加価値を入れれば3兆円の産出額です。壊滅させていいのかと問いたい。
政治家は単位のつく価値や計算のできる価値を追い求めるべきではないんです。何よりも〝心〟です。国民が、思いやり、優しさ、愛情、慈しみを感じられる国を築くことです。
私は、困っている人、恵まれない人に、天国も地獄も経験した鈴木宗男の生きざまを見せていきます。少しでも共感していただき、自分に与えられた立場、環境で、北海道のみなさんに恩

=ききて/前田圭祐=